蛸

ダンケルクの蛸のレビュー・感想・評価

ダンケルク(2017年製作の映画)
4.0
多くの人が言われているように、戦場にいきなり放り込まれたかのような映画体験を味わうことが出来る映画です。IMAXで(それもできれば視界がほぼスクリーンで埋まるような席で)見たほうが良いのかもしれません。
『ダンケルク』は今までのノーラン作品と比べて物語性が希薄でその分アトラクション性とでも言うべき要素が強くなっています。物語性というのはおそらく対象から一歩離れた視点を保つことでのみ生じうるものだと思いますが、この映画の場合は状況に対する没入感に重きを置いた演出が目立ちます(単純に俳優の顔のアップショットが多かったり、ドイツ軍の描写が全くなかったり)。その分、登場人物が危険にさらされるようなシーンにおける息が詰まるような緊迫感は凄まじい。始まりから終わりまで緊迫した状況が連続するので非常に疲れます。
個人的には、虚構と現実の壁を取り払うような映画を作ったノーランと、虚構を「もう一つの現実」として体験するということが前提となった『ヘイトフルエイト』のキャンペーンを仕掛けたタランティーノを対比させてみたくなりました。前者の志向するところってVR映画とかなんじゃないかなぁとも思います。

ここまでこの映画のアトラクション性の強さを強調して来てなんですが、(当たり前だけど)ちゃんとした筋もあります。ただ僕はこの映画が物語性とアトラクション性の間で引き裂かれているような印象を受けました。
状況に対する没入感を高めるためには非常にシンプルな脚本が要されると思います。確かにこれまでのノーランの作品に比べたらシンプルなお話です。しかし時制をずらした展開は没入感という点ではマイナスにしか働きませんし、単純にわかりづらいだけです。そこにはパズルを解くかのような楽しみしかありません。おそらくこれは物語的な盛り上がりを意図して為された演出だと思うのですが。執拗に繰り返されるクライマックスが並行に提示されるあのくだりも流石にこれまでのノーラン作品を見てきた人間にとっては見飽きたものでしかありませんでした。
また、この映画台詞が非常に少ない。通常、台詞の少なさは映画の没入感を高めますがその分お話をわかりづらくしてしまいます。当然、そこを映像がカバーしなければいけません。監督もインタビューでサイレント映画を参考にしたと言っていました。「目で見てわかる」映像で語るというのは非常に映画的で良い試みだと思いますが、この映画の映像は中途半端にドキュメンタリーチックなんですよね。作りこまれた「意味」のある映像が展開されるわけではないので単純にわかりづらい。ただ空疎なリアルさをもつ映像が垂れ流されるだけです。この映画には綺麗な映像はあっても美しい映像はほとんど存在しません。正直サイレント映画の何を参考にしたのかわかりませんでした(めっちゃ音楽に頼ってるし)。
ただラストシーンでトム・ハーディの乗る戦闘機が砂浜に着陸する瞬間の映像は映画的な情緒に溢れていてとても素晴らしいと思いました。
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