第74回カンヌ国際映画祭のシーズンがやってきました。コンペティション部門のラインナップをみていると、見慣れない名前の監督の存在に気がつきました。ヨアヒム・ラフォス(Joachim Lafosse)はベルギー出身の映画監督です。オティニー=ルヴァン=ラ=ヌーヴにあるInstitut des Arts de Difusionで学んだ後、2004年に初長編Folie Privéeを撮る。本作は、離婚するにあたって息子の所在をどうするのか悩む話であり、後の『After Love』に通じる物語となっている。2012年に発表した『Our Children』で5人も子どもを殺害した女を巡る物語を描き、主演のエミリー・ドゥケンヌが第65回カンヌ国際映画祭ある視点部門で女優賞を受賞した。
★『The White Knights』評 意識高い系で海外ボランティアに行く人にとって最大の悩みは「何故、日本でなく世界の人々を救おうとするのか?」だ。西成区あいりん地区に行けば、貧困のどん底にいる人の存在に気づくでしょう。日本にもシングルマザーの問題やホームレス問題はあるのに何故海外へ出ようとするのか?海外で活躍する自分カッコイイというエゴをいかに隠すのか、その理由を探している人は少なくない。
さて、『The White Knights』は先進国の見下しの視点がある映画だ。単に意識高い系を批判している映画かと思いきや、恐らく監督の深層心理にある見下しの視点が隠しきれていない作品である。
2014年のヨアヒム・ラフォス監督作品。ベルギー出身の彼にとって本作は長編6作目。これまで映画監督の苦悩や家庭の問題を取り扱ってきた。とりわけ『Élève libre(2008)』や『À perdre la raison(2012)』では親代わりに現れた善意ある他者によってもたらされる混乱が描かれている。前者では将来有望だが学業が疎かだったテニスプレイヤーの少年の個人教師が数学や地理、そして性的な教育まで実施するようになる。後者では4人の子供を育てる幸福なカップルが、一緒に住むことになった養父である裕福な医師に支配され始め、精神のバランスを崩した妻は子供たちに対して、考えられる最も不幸な行動に出る。ラフォス作品では善と悪が対立構造にあるのではない。彼がしばしば口にする格言「地獄への道は善意で舗装されている」が彼の映画作品の要約をしているのだ。 『白い騎士』では家庭内から大きく外に出てアフリカを舞台にしているが、戦災孤児を救済するNGO団体という善意の塊のようなところに着目しているのがラフォスらしいところだ。本作では団体名が「Move For Kids」と変更しているがフランスのNGO団体「ゾエの方舟」に基づいている。ゾエの方舟はスーダン西部で起きたダルフール紛争の孤児の保護と主張していたが、100人以上の子供達をチャドからフランスへ移送しようとしていた。ほとんどの子はスーダン人ではなくチャド人で、親や保護者がいる子もいたことから、誘拐未遂罪などで逮捕されてしまうという、スキャンダラスな事件を起こした団体だ。
ジャック(ヴァンサン・ランドン)率いる人道支援活動団体「Move For Kids」はアフリカ某国にやって来て村々を回って援助活動をしている。彼は戦争で荒廃した地で親を失った孤児たちのために活動している。村の人たちには新しく設立する孤児院で保護すべき子供を探していると言う。そして通訳を通してその施設で料理人や乳母として働く人も探していると伝えると希望者が殺到する。しかし物語の早い段階でこれが嘘であることが判明する。ジャックはフランスで親になることを希望している人たちと養子縁組を約束していたのだ。村人に直接子供に対してのお金を支払っていないので人身売買に当たらないかもしれないが、村人たちは孤児についての「情報」の対価としてお金を得ている。 彼らのフランス人スタッフは医師、消防士、看護師などもいるが、このアフリカの地の文化や風習に興味がないようで誰もフランス語以外話せず、現地の人と直接話すことができない。故郷から遠く離れた彼らは疲労しており、彼らが行なっていることの良心の呵責もあり、口論も生まれ始める。そもそもきちんとした戸籍が無く、孤児とされる子の名前や年齢が分からない。本当に孤児なのか村人がお金のために嘘をついているのかも分からない。そういった中、同行しているジャーナリストのフランソワーズ(ヴァレリー・ドンゼッリ)は映画の観客に近い視点で状況を見つめ、カメラを回している。彼女が本作に残された僅かな良識であったはずが、チーム内で議論が紛糾するとカメラを止めさせられてしまう。
本作は前作『À perdre la raison(2012)』同様、事実を元にしているが、だからこそ観客が概ね結末を分かったうえでの鑑賞が前提にあり、どこまで見せるかや誰を中心に据えるかなど脚本段階での工夫が感じられる。逮捕直前の砂漠での逃走劇などこれまでのラフォス作品に見られなかったスリリングなシーンも見所の一つだろう。観ていて気持ちのいい作品ではないが、スーパーヒーローのダークサイドを描いたような、嘘にまみれ倫理観を欠いた白い騎士たちの顛末はこの映画以外ではなかなか観られないだろう。