えいがドゥロヴァウ

ありがとう、トニ・エルドマンのえいがドゥロヴァウのレビュー・感想・評価

3.9
父と息子でもなく
母と娘でもなく
母と息子でもない
父と娘だからこその"距離感"を
存分に堪能する映画
監督のマーレン・アーデは本作の娘と同年代の女性ですが
ニュートラルな視点で2人の関係を描いている印象
僕はやはりどうしても父に肩入れしてしまいます

父と娘の世代的価値観の相違
ルーマニアの首都ブカレストを舞台にコンサルティング事業で辣腕を振るい
グローバリズムや近代化・合理化の波を背負って立っているような娘のイネス
音楽教師の仕事をセミリタイアし
あらゆる責務から解放されている理想主義的な父のヴィンフリート

ヴィンフリートが長期休暇を取って会いに行ったイネスは
仕事に忙殺されてお疲れな様子
そこからヴィンフリート流の"親のお節介"が爆発します
ボサボサで黒い長髪のカツラに不恰好に突き出た入れ歯を装着し
胡散臭い雰囲気を醸し出す謎の紳士トニ・エルドマンとして
事あるごとにイネスの前に現れてはイネスやその友人、職場仲間にちょっかいを出します
ヴィンフリートの悪ふざけはあくまでもイネスのガチガチに強張った心をほぐしたいがためなのですが
それが如何せん自己満足的でなかなか響かず
彼女は父親だと周囲に悟られないよう他人を装います
僕はこのヴィンフリートの不器用さに
何よりも父と娘の距離の機微を感じました
迷惑行為だと言われてしまえばそれまでだけれど
娘のために何かしてあげたいという親の愛情は
確実に絶対にそこにあるのですから
きっと、イネスが生き生きと仕事をしていたならば
ヴィンフリートは安心して素直に帰国していたのだろうなぁと
そんな親心にシンパシーを抱かずにはいられませんでした
また、ヴィンフリートは既に円満離婚していて妻は再婚
そのタイミングは不明ながら、イネスは母親と再婚相手のもとで育てられたのが見て取れます
そのあたりも含めたこの距離感
グッときます

台詞と台詞の間の「間」がとても多く
劇伴音楽も一切なく手持ちのカメラワークがドキュメンタリーのように2人の感情を捉える
悪ふざけがイネスに気付かれず思いっきりスベる場面がひとつ
この場面はヴィンフリートの見切れ方や背景の中の存在感がどうしても『イット・フォローズ』のitと重なりました…
ヴィンフリートからのメッセージを凝縮したかのように歌詞がハマっているホイットニー・ヒューストンのGreatest Love of All
それを開き直って熱唱するイネスの姿
そして終盤、イネスの"奇行"に心の中で拍手喝采
EU加盟諸国の社会問題に対する眼差しも相まって
ドイツ流の優しさに浸った162分でした