フクイヒロシ

セールスマンのフクイヒロシのレビュー・感想・評価

セールスマン(2016年製作の映画)
5.0
愛情があるからこそ悩むし、悔しいし、怒る。
つまり愛情があるからこそ苦しい、と言うことを思った。

愛情ってのは近親者に対してだけではなく、自分に関係のない人や、憎い犯人に対しても。

「犯罪者に愛情とか草不可避」「普通に死刑だしワロタ」って言う状態では見えない景色。

また、〝復讐〟っていうものも日常には存在しないものなんだなと思いました。
復讐心が一瞬芽生えても、それを持続させたり実行するのって、だいぶ日常生活から精神的に分離してないとできない。
精神的に閉じこもっていたり怒りに包み込まれていないと〝復讐〟っていうのはできない。

だから、復讐するぞ!って思ってる時って、ちょっと義務というか、演技チックなんですよね。
そういう意味での劇中劇でもあるのかな、と思ったり。



「他人のスマホの写真を見る」とか「他人の靴を脱がせる」っていう行為が、あんなにも緊張感のあるシーンだったのは、それまでに人間の尊厳がきっちりと描けていたから。

この何気無い行動を見て辛い気持ちになれたのは、登場人物がをちゃんと本当の人間として見れていたからですね。
どちらも映画的には全然大した行動じゃないから、映画によってはスルーされちゃうようなシーン。
だけど、それをちょっとしたホラーのように見せられるのは監督と俳優の力だろうなあ。


イランについてあまりにも知らなくて本当にすみません。こんなにも都会で現代的な暮らしだったとは。

車の量すごいし、高校生でもだいたいスマホ持ってるし、薄型テレビでかいし、アパートっつってるけど日本の感覚じゃマンションだし、部屋広いし、インテリアおしゃれだし。
しかも高校教師(夜、舞台俳優やってるけど)でそんなに高給取りじゃないだろうからそんなに金持ち設定でもないだろうし。
あまり知らないイランを見せてもらいました。

そういう現代的な一面と、女性差別という面ではまだまだ伝統的な考えに縛られて人権保護が進まない、という2面性を対立させていました。

劇中劇で、裸の娼婦役なのに思いっきり全身覆うコート着てるのとか、ものすんんんごい緊急事態で汗かいて暑いって時も「あ、男がいる!」ってことでちょっとはだけていた黒い布をきっちり全身にかぶせるおばあちゃんとか、ちょっとしたところで女性に対する抑圧を描いています。



この監督のすごいとこは、僕が頑張って書いた上記のような理屈抜きにしても、サスペンス映画としてただただ面白い!ということ。

大殺戮もないし、超人パワーもないし、銀河系に危機も訪れないけど、精神的にじりじり来るサスペンス。

ラスト(っつっても30分間くらい)はほとんどマンションの一室。
狭い空間、少ない人数だからこそ、その均衡が崩れるのが怖い。



主演のグッドルッキング夫婦(夫、今作でカンヌ男優賞受賞)も演技すごいんだけど、他のイランの俳優さんみんなめっちゃくちゃうまかった。。

あまりにもイランのこと知らないけど、感情は人間共通なんだと教えてくれる。