原題『記憶』。
彼ゼヴの痴呆は、寝起きの時に人や今いる場所が分からない、現状を思い出せない等。寝起き以外にもふと記憶が混濁することもある。
ある程度の記憶は正常らしい。
ゼヴはユダヤ教徒なので、妻が亡くなり七日間喪に服した。
その七日目。
同じ老人ホームの親友らしき男が、何やら神妙な面持ちで「数日前お前がやろうと決めたこと」について教えようとしてくる。
痴呆を持つゼヴのために手紙に書いておいたから読めという。その親友はゼヴが計画を実行できるよう、完璧な手配をしていた。
自室で手紙を読んだゼヴはその指示に従い、夜中一人でホームを抜け出す。
ゼヴの計画とは……。
彼の暮らすホームは職員対応も良く、出される朝食も優雅なもの。部屋は十分な広さのある個室で、持ち物や家具も高級そうで、後で出てくる息子宅は相当豪華。
ずっと表情の読めなかったゼヴは、電車で子どもに会うと顔をくしゃくしゃにして話しかけた。ここでやっと良い人そうだと分かる。
はじめに物悲しく奇妙な雰囲気を提示した後で、彼の人柄が示された。そして再び不穏な雰囲気が支配する。
手紙の内容は観客にはなかなか知らされない。
彼の行動を観ながら推理を巡らせていくことになる。
失踪の連絡を聞き息子夫婦がホームへ来る。身なりが良い。息子は「金を払っているのに」と興奮気味。
ゼヴは息子と警察の捜索から逃げながら旅の目的を遂げねばならない。度々警察にバレそうな場面が訪れる。
ゼヴは寝起きの時にほぼ必ず痴呆が出るようで、いつも妻の名を呼んで目覚める。しばらくして亡くなったことを知り落ち込む。
これが毎朝あると思うとかなり可哀そうだ。ぼけてしまえば全てが楽になると思っている人もいるが、そうとは限らず寧ろ逆に場合もある。
旅の途中ふとうたた寝する度に、自分がどこにいるか何をしているのか推理しなくてはならない。始めは手紙を読めば済んだが、後半はトラブルが連発しかなり目覚める度に混乱する。
一人目の人物に会うと、物語の方向性が見えてくる。
だが二人目ぐらいで何となく、そんなに単純なストーリーではなさそう、何か別の真実がありそうと感じさせる。
彼がピアノに触れるときだけ、作品で長調の優しい曲が流れる。銃を持ち、胸に暗い決心を抱えながら、美しい音楽を演奏する皮肉。
それ以外は弦楽器の不協和音などだった。
車窓からは素晴らしい景色が見えているのだが、それに見入る余裕は与えられない。
彼自身の記憶が怪しいので、作品には何も信じられるものがなく、本当は誰が何を隠しているのかずっと考えて観ることになる。
ただ手紙も怪しいし、親友も怪しいとは途中から皆感じることだろう。
そして事実は想像以上に悲しいものだった。最も悲しい結果。
どうやら痴呆とはただの老化現象では済まない場合もあるようだ。
彼は子どもにとても優しく、単純な子供向けアニメで大笑いするほど純粋な面をみせていた。
もし若いときに平気で罪を犯したとしても、すっかり記憶を失くしたときに残った人格がとても善良なものだった場合、自分の過去の過ちを受け止められるだろうか。
償う時間も機会もないとしたら。