くまちゃん

RAW〜少女のめざめ〜のくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

RAW〜少女のめざめ〜(2016年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

厳格なベジタリアン家庭で育った少女ジュスティーヌは両親と姉も通った獣医学校に入学するが、先輩による過激な通過儀礼という名のしごきを受け、次第に己の欲望が開花していく…

カニバリズムは古今東西人類の不安や恐怖を煽るのに最適な題材ではないだろうか。巨大生物による捕食はまだエンターテイメントとして楽しめるが、人が人を食べるとなると強烈な親近感が顔をだす。隣近所の優しいおじさんがいきなり噛み付いてくるかもしれないのだ。
これほどの恐怖はなかろう。
しかし、今作の優れている点はホラーではなく、あくまでヒューマンサスペンスとして、少女が目覚めていく過程をロジカルに丁寧にかつ美しく描いている所にある。

通過儀礼で動物の血を浴びせられ、ウサギの腎臓を食べさせられた事で少女は目覚めていく。何に目覚めるのか。食か、性か。食欲と性欲は直結している。食に目覚めれば性に目覚めるのも自然の摂理だろう。
ジュスティーヌが横になると股の方からのカメラワークに独特のエロティシズムを感じる。
その一方で、はだけた胸や、露出させた臀部など、生々しく肉々しく、エロスとは真逆の演出がなされる。

カニバリズムの衝動が発現したのは強いストレスが原因と思われる。
ベジタリアンとして厳しく育てられたことで、食に対して強い抑圧を受け続けていた事、慣れない学校、不安な寮生活、先輩のしごき。
ウサギの腎臓はきっかけでしかない。
抑えられた感情の風船に穴を開けた。ただそれだけだ。風船は破裂し衝動の制御を失う。それにさらに葛藤する。
教授にカンニング疑惑を受け、優秀すぎる故にいびられた際ずっと髪の毛を食べていた。それもまた強いストレスからだ。

ジュスティーヌはベッドに横になると、
脇の毛が伸びていることに観客は気がつく。ベジタリアンと何か関係があるのかと思ったが、身だしなみに無頓着なだけだった。
姉のアレックスはブラジリアンワックスで脱毛を施すが、ジュスティーヌが暴れたことで誤って自身の指を切断してしまう。
意外と冷静に救急車を呼び、指を拾い、氷を探すジュスティーヌ。さすが獣医を志しているだけはある。
しかし氷は見当たらない。途方に暮れアレックスの指を眺めていると欲がでてしまう。滴る血液を舐め、指をしゃぶり、肉を食いちぎる。なんと美味たることか。
気絶していたアレックスが目を覚まし、自身の指を食べる妹と目が合う。
何も言わず涙が溢れるアレックス。
当然だ、食べられては縫合できない。
指がない状態で過ごさなければならないのだ。
両親には切断した指を犬が食べたと説明してある。

父は言う。

人間の味を知った動物は危険なのだ。
所構わず襲うようになる。

実際そうだった。
ジュスティーヌはキスした相手の唇を食いちぎり、ルームメイトのゲイ、アドリアンとの初体験時にはアドリアンへ歯を立てるのを抑えるために、自身の手首を血が出るほど噛み付いていた。

だが、姉のアレックスもそうだった。

見晴らしの良い道路で飛び出し事故を誘発し、死亡した運転手を食べていた。

ジュスティーヌとアレックス。2人は同じものを抱えながら、向き合い方はまるで違っていた。
アレックスは欲望に忠実で、全てを受け入れていたが、ジュスティーヌは抗い、抑えようと葛藤する。

設定が巧みなのは、ルームメイトが女性ではなくゲイの男性という所にある。
ノーマルの男女でも女性同士でも恋愛関係に陥る可能性がある。
相手をゲイにすることで、恋愛を排した人間関係を構築することが可能だからだ。
しかし2人は肉体関係を結ぶ。
これはジュスティーヌの食欲と性欲がイコールで緊結していることを象徴するかのようだ。
それまでジュスティーヌに対し協力的だったアドリアンとの関係性が変化する。
アドリアンはゲイなのだ。当然だ。
物語上一番不穏な場面と言っても良い。

アレックスはついに一線を越えてしまう。

生きた人間を殺害し捕食してしまう。

塀の中の面会室で、ジュスティーヌに変わらぬ姉の顔を見せるアレックス。

父は言った。
アレックスが悪いわけでもジュスティーヌが悪いわけでもないと。
父と母の馴れ初めを聞かされ、カニバリズム衝動は突発的なものではなく遺伝の可能性があったと知る。
父の身体は痛々しくボロボロだった。
過去に母もカニバリズムが発現していた。
厳しくベジタリアンを貫くのは、そんな自分を戒めるためか、夫を食べ、食事から肉を排除することで衝動が暴走しないように制御しているのか、それはわからない。

ただ言えることは、冒頭でジュスティーヌは白いシャツを着ていたが、ラストでは赤いシャツになっている。
単に垢抜けたようにも見えるが、赤は血の色。生肉(RAW)を表し、女性の初体験を象徴する。
ジュスティーヌはもう二度とあの頃へはもどれない。
獣の衝動と人間の自我に挟まれてこれからの長い人生、葛藤し続けることになるのだ。
くまちゃん

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