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ライオン狩り
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『ライオン狩り』に投稿された感想・評価

3.5
【カイエ・デュ・シネマ選出の幻の文化人類学ドキュメンタリー】
日仏学院のメディアテークにて凄いDVDBOXを発掘した。それがジャン・ルーシュBOXである。ジャン・ルーシュといえば文化人類学者のヌーヴェルヴァーグ作家であり、日本では『ある夏の記録』で知られている。彼はアフリカを度々訪れ、ドゴン族の文化を定点観測的に撮っていたりするがそういった側面の映画は中々観ることができない。しかし、今回入手したDVDには『ジャガー』『僕は黒人』『少しずつ』『トゥルー・エ・ビィッティ』『メートル・フ(狂気の主たち)』『人間ピラミッド』『マミー・ウォーター』『アフリカ人と名付けられたライオン』と彼の重要作がたくさん収録されていた。その中にカイエ・デュ・シネマベストに選出された『ライオン狩り』もあった。

本作は1957年~1964年にかけてニジェールとマリの国境にある《何もない土地》の奥地に住む狩猟民族を撮った作品である。ライオンが快楽のために家畜を殺すことがあるため、この部族では4年に一度儀式的なライオン狩りが行う。本作はその様子を撮影している。日本では2005年の特集上映以降紹介された形跡のない幻の一本となっている。

映画は道なき荒野をバンが、草をかき分けながら爆走する場面からはじまる。そして部族が丁寧にライオン狩り用の矢を作る所を撮影する。火でもって矢を成形する場面は神秘的なところがある。

本作は狩猟民族の言葉を翻訳して映像に載せるスタイルの作品となっている。彼について詳しく書かれた「ジャン・ルーシュ 映像人類学の越境者」によれば、本作は文盲であることが多いアフリカ人に観せることを想定しており字幕だとわからないから、またジャン・ルーシュは文字に敵意を置いており人は本を読むために映画を観るのではないといった考えを持っていたからだとのこと。

ジャン・ルーシュは『メートル・フ(狂気の主たち)』や『人間ピラミッド』といった露悪的なオリエンタリズム的眼差しを持った胡散臭い監督だと思っていた時期もあるのだが、ドゴン族の撮影のプロダクションノートや本作に触れると、やがて消えゆくであろう文化をどのように継承していくのか。岩絵や本とは異なるメディアである映画は何を保存できるのかといった文化人類学者としての視点を探求していった監督なんだなと感じ、好感を持ったのであった。
川
4.6
最小限の物語的要素で作られた寓話みたいなドキュメンタリー。数年かけて撮られた映像を一つの物語に構成したものらしい。個人的には初期の短編のおどろおどろしさや、ある夏の記録や人間ピラミッドあたりの頭割れそうになるようなメタフィクション感が好きだったけど、一本の映画としての完成度としては見た中ではこれが一番高いように思った。

子供へのお伽噺のような導入から始まり、カメラが荒野を抜けて行った先に別世界のように舞台となる土地が現れて、そこに民族がいるっていう始まり方から良い。
そこからは、ライオン狩りに向けた準備と狩りの過程が丁寧に描かれていく。矢の毒へ魔力を注ぎ込む儀式から、殺した時の魂を成仏させる儀式などがあり、獲物が罠から抜け出した時は罠に注いだ魔力よりも獲物の力の方が強かったって理由づけるなど、狩りの全てに魔術的な要素が紐づいている。対するライオンは夜中に家畜を襲っていくため中盤にかけて全く姿を現さず、痕跡やその襲った跡だけが残されていく。さらに、ライオンの行く先、そのライオンを見つけられるか、狩りが成功するかは占いのようなものによってのみ感知される。それによって、ライオンが何か超自然的なもの、巨大な存在のように感じられる。そしてその狩りの過程はその存在に対して魔術によって対峙していくような、その人々の内的な戦いを寓話化したようなものに見えてくる。そしてその戦いの相手であるライオンはアメリカと名付けられている。
そして、ライオンの子分である肉食動物達、魔女であるハイエナ、ライオンの子、雌ライオンと段々とその王のようなライオンに近づいていき、最後はそのライオンに勝って終わる。
ライオンとの闘いの過程が非常に力強くロマンティックに描かれる一方で、ラストは冒頭の子供達に戻り、このような経験を君たちはしない、なぜなら君たちが大人になる頃にはこのように弓矢で狩りをする人はいなくなってるからだっていうセリフで終わる。それによって終わりに対して戦い続ける人々への、賛美してると同時に突き放したような感覚を残して終わる。
アメリカ、資本主義によって失われていくものとその戦いに対する、老人と海のようなシンプルでロマン主義的な映画。

写実的な映像を編集することで印象や神話を立ち上がらせるって点ではフラハティと共通するように思う
muscle
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ものすごくあっけなく終わっていく。肝心の瞬間が撮れてないことのパチっぽさ。シネマヴェリテがもっとわかんなくなったけれど嘘すぎる編集が次から次にカマされるからジャンルーシュの胡散臭さが加速した。