安琦

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディアの安琦のレビュー・感想・評価

4.0
見終わって「今年の不条理映画ナンバー1」だなって思った、そのときは。だが、考えてみれば、まったく「不条理」ではないのだ。
わたしはうしないました。なのであなたも失いなさい。あるいは、何かが欲しければ、代わりにあなたの持っているなにかを差し出しなさい。
それはむしろ道理にかなっている。私たちが辿ってきた歴史の中にいくらでも見ることができる。犠牲の物語。ギリシャ神話にも、古代文明の歴史でも神に捧げられた生贄たちがたくさんいた。
人は文明とともにそれが野蛮なこと、忌諱すべきものと学んできたはずだ。だが、映画では16歳の男の子マーティンが、その人間が苦労して学び掴んだ理性的思考の対極にある存在として現れる。彼の存在は巫祝、あるいは魔法使いか占師、といったところ。彼が耳元で囁く言葉は理性を揺るがし、人の野蛮な本能を呼び覚ます。
絵に描いたような美しい夫婦コリンファレルと ニコールキッドマン 、彼ら家族の棒読みの感情のこもってないセリフまわし、平行に移動するカメラ、そこにマーティン役のバリー・コーガンが一人生き生きと動き回り、あるいはこっそりと影から伺い、素知らぬ顔で音を立ててジュースをすすり、スパゲッティをほおばる。
「聖なる鹿を殺す」んです。その名の通りですが、まあ気味が悪い映画ですよね。最初から最後までぞくぞくとして、見終わった後はしばらくマーティンのうつろな瞳を思い出して震える。
安琦

安琦