都部

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~の都部のレビュー・感想・評価

3.8
"音"が聞こえなくなることの絶望を淡々とした足取りで克明に描く本作は、自分の生活と根付いた世界が理不尽にも剥奪されることへの恐怖/困惑/怒りと余さず向き合うような筆致が目立ち、そんな物語に対する真摯さとして場面毎の音響効果の操作による聴覚障害の追体験が存在する。

そうした拘りを感じさせる音響の精緻さが、日常生活下で聞こえていたはずの音が、ふっ、と聞こえなくなる瞬間の異様さを十全に表現することを可としていて、加えてそうした無音への切実なルーベンの反応が起伏が少なくならざるを得ない題材のヒューマンドラマに豊かな厚みを与えている。一般と称されるような他者の世界から隔絶されたことでコミュニケーションも立ち行かなくなり、人間関係の負の坩堝に嵌ることへの自棄な態度といい、それは極々自然なことである。

ただ本作の魅力が最大限に発揮されるのは本来同じ境遇にある聴覚障がい者の自助グループを尋ねる場面からで、そこでの基本言語となる手話を後天的に聴覚を失ったルーベンは知らず、故にそのグループの中でも孤独から逃れることは出来ないのである。

演出として『何を語っているのか』が分からない彼と観客を重ねる形で字幕すらないという方式を取っていて、この本来居場所のある場所に感じる居心地の悪さも中々来るものがある。ルーベンは自助努力として手話を覚えて交流を可能としていくが、逆説的に音を手放すことを受容している自分の自己矛盾した在り方に葛藤する姿は人間的で、それでも……と過去を捨てきれない姿は悲痛に他ならない。

インプラントによる擬似的な聴覚の獲得が解答になるのかと思えば、その技術の現実は想像とは異なるそれであったり、如何なる形で喪失を受容するかという問題に真摯で在り続ける作品として好ましかった。
ラストの1分強のルーベンの行動とそれに伴う表情による、静寂の中に身を置くことへの心境を画で理解させる表現力が素晴らしい。
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