ラニーナちゃん

コール・ミー・バイ・ユア・ネーム(原題)のラニーナちゃんのレビュー・感想・評価

4.5
買い物をして、フラットに戻る前に、キッチンに行ったの。スキムミルク、オレンジジュースをフリッジにつっこんで、それから。少し悩んでカゴに入れたready-madeのサラダはパーティ用でとっても大きい。えーと、今夜は全然食べる気がおきないからこれを1人で食べればいいやって思ったんだった。だけどドレッシングは自分で作らなくちゃってちゃんと覚えていたしストックもあった。ひとつはん、レモンを絞る。オリーブオイルとそれをシェイクして、部屋にこもるためにfood strage containerに入れ替えた野菜にかけて、満を辞してバルサミコ・ビネガーのご登場。そんな感じで誰もいないのをいいことにJess Glynneをサラウンドで流しながらやることを終えて、やっとお部屋に戻る。そして、コートをハンガーにかけるために、クローゼットを開けた。There is a silence.フラットメイトと話をしてもいないから、わたし以外の音はここにない。そこにはわたしの"時間"があるだけ。なんでもないそんなわたしの1日の終わり。そう、その「なんでもないこと」。なんともない日々。そのなんともない日々のピースが、この作品にはゆるやかにうつくしく、織り込んである。ピアノを弾き、水と戯れ、踊る、はるかかなたの調べに想いを馳せる。日差しの中で、夜、ベッドの上、草むら、石の路地で、まどろみ、足がもつれ、肩を寄せ合う。あの背中と、笑顔と、桃と、自転車。なんということもないすべてがかがやき、きらめいてみえる夏。なんということもなかったの!それでも、すべてがきらめいていて。そこには確かにロマンスじゃない、"more than a good friendship"が在った。 言葉の意味以上の、いいや、言葉ではあらわせない輝き。悲しくても、つらくても、苦しくても、輝いていたのなら、つめたい冬、しんしんと雪が降り積もるようなしじまにおいてもなお、"それ"が輝き続けるなら。わたしたちはそのなにかを、なかったことにしては、いけないんだ。Papàがエリオに伝えたこと、わたしはエリオより少し大きいから、わかるよ。いいえ多分、エリオもきっと、知ってしまったね。"Later."
原作を、続きから、読む。

昨日から「そういえばOSTは解禁されていなかったっけ」とApple Musicで予習を始めていました。M.A.Y in the backyard!Sakamotoさん!猫たちのための曲、とってもぴったりだった。そして、Zion hört die Wächter singenなどなど。日常の音こそがすべて。けれど、そのピースを繊細なステッチで飾るようなサウンドトラックにも、耳を傾けてほしい。ああでも、そんなのはもういつでもいいかも。最初にふたりがセックスをする前から、なんだか涙が止まりませんでした。夏は魔法をたずさえてやってくる。すぐに消えてしまうからこそ、烈しく、うつくしい呪いを。その残り香はいつだってそこにあるかもしれない。ふとした瞬間に、「ああここにまだ在る」と感じることはできるかもしれない。けれど、そのうつくしさそのものを抱きしめることは、魔法そのものにもう一度抱きしめてもらうことは、誰にとってもとてもむつかしい。エンドロールにも、あとシーンのピントの使い方にもハッとしました。そして「エリオ」から「オリバー」へのシャツ(あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜)!Jesus Christ!課題をやる。