ふじこ

ムーンライトのふじこのネタバレレビュー・内容・結末

ムーンライト(2016年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

体が小さく細く、非常に内気で繊細な黒人少年シャロン。
彼の少年期、青年期、成人期をわけて描く作品。

”リトル”の愛称で呼ばれる彼は学校では虐められ、母親は薬物中毒、父親のように慕ったよくしてくれる男フアンは薬物の売人で、結果的にシャロンの母親に薬が渡っていた事でシャロンはフアンの元を離れる。
最初は普通に働いていた母親がどんどんクズに成り下がっていくのが悲しい。家からテレビがなくなり、家に謎の男が出入りし、母親には必要とされていない。
唯一の拠り所は、他の子のように自分を虐めないケヴィンという友人と、家にも居場所のない彼を受け入れて持て成してくれるフアンの彼女のテレサ。
彼を家に招き食事を与えてくれて泳ぎを教えたり、いい父親ってこんな感じだよなって思えるフアンも結局は裏の世界の人間で、シャロンは失望してしまうんだけど、それでも少年期の終盤の母親よりはずっと彼の事を案じてくれていたはずで、でも少年のシャロンに割り切ってそれを選んでしまう事が出来ないのも分かる。なんて悲しい少年時代なんだ。

成長して高校生くらいになった青年期のシャロン。
相変わらず学校では虐められ、ケヴィンしか友達は居ないし、家に帰れば母は体を売っている。家に帰るなと言われて行く場所はテレサのところしかない。
既にフアンは亡くなっており、それでもテレサはよくしてくれるけれど2人の間の空気感に不在のフアンの気配があって悲しい。
家に戻ればまた母の薬物代で金を取られ、更にテレサを悪く言う。禄に面倒もみない息子の母親面でテレサを批判しマウントを取ろうとするこのシーンも胸が痛い。
そして夜を彷徨って着いた浜辺で偶然ケヴィンに会い、一緒に薬をやった勢いで触れ合う。
フワフワした気持ちで家に戻れば母親の口先だけの愛しているを聞かされる。そして翌朝には以前から目を付けて虐められていた男がケヴィンを使ってシャロンを殴らせ、何もかもを吹っ切ったような表情でシャロンは虐めの首謀者を椅子で殴り、逮捕され学校を去る。

立派な成人男性になったシャロン。
体も大きく逞しく鍛え上げ、見た目の厳つい車に乗って歯は金色。そして薬を売っている。
ある夜テレサから番号を聞いた、とケヴィンから電話が掛かってきて、シャロンに似た客がジュークボックスで流した曲を聴いて思い出したと、あの日の事を謝罪される。今は料理人をやっていて、こっちに戻ってきた食わせるよと。
そして母のリハビリ施設、愛してくれなくても良い、愛が必要な時に与えなかったから、でもお前を愛していると言う母にお互い涙する。謝罪を繰り返す母を、もう良いと言って抱き締める。
それからダイナーを訪れ、驚くケヴィンに夕飯を作って貰う。ケヴィンは子供がいるが妻とは別れ、シャロンが売人をやっている事に驚いて批判するもやっぱり昔と変わらず接してくれる。そして何故電話した、ときくシャロンにジュークボックスで曲をかける。
”ハロー、懐かしい恋人”数年ぶりに会う恋人に、戻って来てくれてとても嬉しい、という曲。(バーバラ・ルイス/ハロー・ストレンジャー)
それからケヴィンの家に行き、あの頃の事を忘れようとしていた事、自分は生まれ変わった事を話し、ケヴィンは今の人生に満足している事を話す。
それからあの少年だった時のような顔をして少し俯きながら、あの時からずっと自分に触れたのはケヴィンただ一人だと告げ、少し笑ったケヴィンと寄り添って終わり。


ライティングが実に美しいな、と思っていた。
filmarksではマハーシャラ・アリの名前が先頭にあるけれど、彼はシャロンの少年期で姿を消す。
それでもアカデミー賞助演男優賞を受賞してるし、彼のことは好きだ。非常に知的な顔付きをしている。思慮深そうな。そこがとてもすき。
大人になってからのシャロンを演じたトレヴァンテ・ローズも、表情がとても良かった。

黒人でもないし、貧困に喘いでもおらず、もう既に若者ではない。
普通の両親だったし、こんなに派手な虐めは経験していないし、薬もやっていない。
そうであったとしても、全く別の世界の物語かと言えばそうではないと思った。
誰だって若い頃はあるし、ナイーブで傷付きやすい部分もあるし、親に愛されない子供が死んだニュースを見るし、夜を泳ぐ子供達が薬に頼る事があるのを何処かで知るだろう。

よっぽど完璧な愛に溺れて、自己肯定感しかなくて、挫折なんて言葉の上で、傷付く事なくロープを渡りきったような人以外には必ず何処かでこの少年の気持ちと隣り合わせになるんじゃないかと思う。
繊細な人の話だな、と思った。そうだからこそ傷付いてしまうんだけど、そうでないよりよっぽど良いんじゃないかなと歳を重ねて思えるようになってきた。
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