蒼井ことり

サーミの血の蒼井ことりのレビュー・感想・評価

サーミの血(2016年製作の映画)
4.6
これは素晴らしい映画。
映画大国スウェーデンの底力を見た。(
当たり前だけど)スウェーデンでなければ絶対に作れない作品。
常々スウェーデン映画から感じるエッセンスとしては①セックスに積極的、②登場人物は飾らない自然な体型(美女でもお腹にお肉がしっかりついてたりする!)というイメージだが、今回もそれを感じた。

積極的に難民を受け入れているイメージの国だし、この夏ストックホルムを旅行した時、人々は親切で人種差別はあまり感じなかったので、この映画で描かれるサーミ人へ醜い差別や偏見を抱く、悪意に満ちたスウェーデン人に驚いた。しかも過去の話ではなく、現在もその偏見は脈々と受け継がれている印象を受けた。

私が実際にストックホルムで見かけた映画館では本作が上映されていたが、いざこうして内容を知ってみると、よく上映したものだなと、この国の懐の深さを感じる(ドイツがナチスの罪に関する映画を作り続けていることにも同じ感銘を受ける)。たとえば日本で、アイヌや琉球民族、部落や在日への差別をここまで明確に描いた映画を上映できるだろうか?

本作の優れた点は、人種差別という重たいテーマを扱いつつも、映画としてきちんと面白いところ。とにかく構成に無駄がなく、話自体がドラマチックで面白いのだ。ハラハラしたり、次はどうなるの?と気になったり。また、主人公の抱える人種問題にまつわる苦悩や恥辱が丁寧に描かれていて、見ているこちらも辛くなる。巻き込まれて行く。

キャストは個性的な魅力がある。
また、貧しいサーミ人の暮らしと豊かなスウェーデン人の暮らしの格差、隔たりもよく描けていると思う。学府ウプサラの街並みと、ラップランドの雄大な自然の対比も興味深く、スウェーデン好きにはたまらないと思う。

この映画で初めてサーミ人の生活を知ったが、たとえば「少女はヨイクを歌った」という文章を読んでもピンとこなかっただろう。また、ヨイクのCDがあってそれを聴いたとしても、サーミ人への理解は深まらないだろう。
映画だからこそ、100分ほどの時間でサーミ人の苦悩を垣間見れ、「あ、ヨイクってサーミ人の伝統歌謡なんだ」ということが体感でき、色々と学ばせてもらえた。

主人公、エレ・マリャの物語は、現在の老女としての数日間と、サーミ人としてのアイデンティティを捨てて飛び出した少女時代の2部構成。
現在に至るまでの長い年月は描かれず、観客の想像に委ねられる形だ。
ありのままの自分として生きられず、自分のルーツを捨てて生きる人生とはどれほど苦悩と悔恨に満ちたものだったろうと、その空白の期間に思いをはせた。

※余談
この夏ストックホルムを旅した際、1日は日帰りでウプサラに行きたかったけれど、見所のひとつのウプサラ大学が工事中らしく、行くのを諦めた。まさかこの映画でウプサラ大学や図書館、町並みを拝見できるとは思っていなかったので、嬉しい贈り物だった。
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