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立ち去った女のCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

立ち去った女(2016年製作の映画)
4.5
【社会との距離感に殴られる】
※本レビューはnote創作大賞2025提出記事の素描です。
【上映時間3時間以上】超長尺映画100本を代わりに観る《第0章:まえがき》▼
https://note.com/chebunbun/n/n8b8d6963ec5a

第73回ヴェネツィア国際映画祭で最高賞を受賞したこともあり日本でも劇場で一般公開された『立ち去った女』は、ラヴ・ディアス入門ともいえるわかりやすい内容となっている。無実の罪で投獄されたホラシアは獄中で黒幕を知る。彼女のかつての恋人であるロドリゴがホラシアを嵌めていたのだ。出所後、自分の人生を狂わせたロドリゴへ復讐するため、彼女は街を目指していく。

冒頭で1997年6月30日香港が中国へ返還されたことでイギリスによる統治は終わりを告げた。戦争による支配によって香港の歴史は破壊された。この大きな物語と重ねるようにホラシアの人生が描かれていく。ラヴ・ディアスは地方都市に波及していく政治的支配を主軸とするわけだが、本作ではその支配に対し、町へホラシアが向かっていくことにより復讐という名の解放を描こうとしている。

社会に対する復讐のメタファーとしてトランスジェンダーの売春婦ホランダが登場する。社会から与えられたジェンダーに抗うように生きつつも売春婦として虐待され社会に取り込まれていく。社会との関係性に苦しめられているのだ。ホランダとの関係性はホラシアの鏡像ともいえる。ホラシアはロドリゴへの復讐を果たすべく旅をしつつ、道中で出会った物乞いに救いの手を差し伸べる。だが物乞いは彼女の救いの手を跳ねのけ、スラムへと去っていく。社会には善悪が蠢いているが、人々はその善悪と適切な関係を保つことができず苦しめられている。だが、苦しみはそう簡単に癒えるものではなく間延びした時間の中で自分としての落としどころを見出す必要がある。ラヴ・ディアスは何気ないフィリピンの風景と時折発生する事件の編み込みでもって、フィリピンもとい普遍的な社会のメカニズムを炙り出しヴェネツィアの栄冠に輝いたのである。
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