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Times and Winds(原題)
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『Times and Winds(原題)』に投稿された感想・評価

2.8点

トルコ映画。
美しい風景の中で暮らす10代前半の2人の男の子たちと、一人の女の子の家族との関わりを中心に据えた成長譚。
お祈りのシーンで、ああイスラム教なんだなこの辺りはと思ったり。
野山や細い路地を走っていく子供を追いかけるカメラの視点が良かった。
確かに子供の頃は、意味なく走ってたなとか思い出した。
遠景で海か見えてると思ったけど、あれは黒海なのかー。

映画配信サービス《MUBI》にて英語字幕で。
4.5
大きな自然と時間の中にただ存在する村と子どもたち。素晴らしく美しい映画。
ああ.....いやな映画!子供が傷つけられるのが一番苦手。イスラム文化にはある光景だが、子供を叩いたり、孤児に「父親の躾」だと言って鞭を打つなどもってのほかで、子供の顔色をうかがうと観るのが忍びない。その反面、子供たちが山の頂に集まりそれぞれ順番に習った詩を読み上げるところは、愛らしく文化の深さを感じ取ることができる。

トルコ東北部がロケ地だそうだが、この飾り気のない広大な大地に、冬の訪れを感じさせる風の勢い。そして、トルコの伝統音楽には思えない音楽のミスマッチの不気味さに、感情が加えられている斬新さ。人々の生活は裕福ではなく、できるだけの仕事を精一杯にこなす日々。この山間のイスラム教の世界はイマンが采配をふるい、男だけの祈りの場や集会の場のみを映し出し、女の役割が出産、子育て、家事だけであるようだ。社会がこのようなイスラムの掟を含めて、原始的で、マズローの人間が持っている最下位の最も強い欲のみを満たして生活をしているように思える。でも、そこには、オスマントルコや古代の教養の一貫として考えられるかもしれない、子供達の詩の暗唱が組み込まれていて、私にとっては体罰を与えられているシーンからの脱離ができる。
映画の中には一度もスマホが出てこない、人里離れた生活か、時代背景がスマホ以前か。

映画の導入部に、男が、病にかかったようで、咳をして体を横たえているシーンがある。この姿を見ると、明らかにモスリム教徒だとわかる。なぜかというと、右を横にして、右手を頬に当て横たえているから。彼がイマンであるのが全く信じられないのが、後でよくわかってくる。彼には息子が二人いて、二番目の息子を猫っ可愛がりして、最初の息子はダメ息子として扱う。あまりにもの仕打ちにこの息子オマー(Ozen Ozkan)は父親を殺すことを考え、友達にも打ち分けている。最後のシーンでは死にゆく父親に寄り添えない息子、オマー。父が息子を引き寄せるが、息子は手を離す。そして、山頂に行き、一人泣く。父親からの愛を感じられず育った息子。この涙はなんなんだろう?

イルディズ(Elit Iscan)は学校の先生から本を与えられるほど、聡明で、宿題もこなす少女だが、彼女のしなければならないことは勉強でなく、生まれたばかりの弟の面倒を見ることである。女であるというだけで、この村での負の遺産を受け継いでいく。それに、父親の愛情を独占したく、父親にかまってもらいたがっている。ある晩、両親の部屋を覗き見し、彼女はベッドに戻り、顔を布団で覆って泣き始める。これは、父親を独占したいが母親にはなわないから、嫉妬で泣いてるのか?なぜ、泣くのかわからない?性行為によって生まれてくる子供が増え、彼女が世話をしなければならないから?わからない。しかし、子供たちは動物の交尾を笑いながら見ている。交尾の意味を理解していると思う。イルディズも子供時代を謳歌する自由精神はなく、結婚、出産、母親を受け継いで育っていくようにおもわせる。


ヤクプ(Ali Bey Kayali)は優しそうな子供で、学校の先生に憧れていて、それをオマーに話せない。照れちゃってる。先生に、母親が焼いたパンや、おじさんが生贄に切り削いだ羊の肉を持って、届ける。ある日、羊(山羊?)の肉を持って行ったとき、彼の父親が先生を窓から覗き見しているのを見る。ヤクプはショックを隠せず、思案にくれているようだ。この時、咄嗟に、考えが浮かんだようで、石を窓に投げる。父親には投げなかったが、明らかに、先生を庇う行為だ。弟ではなく、この父親はその父に役立たず扱いをされ、時には子供達の前で、鞭で打たれる。父親は立つ瀬がないし、父親としての威厳も無い。これが、まるで、オマーの父親が兄弟を差別して扱うようのと同じで、この村ではこのような負の遺産が継続しているようだ。


子供が一番の被害者で、そのことをこの狭い社会は繰り返していくように、感じる。それを子供達が死んだように草はらに横たわるシーンで例えているようだ。広大なスケールの大自然以上に悲惨さが心に残った。