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羅生門の消費者のレビュー・感想・評価

羅生門(1950年製作の映画)
5.0
・ジャンル
時代劇/ドラマ

・あらすじ
焼け落ちた羅生門の下、杣売りと旅法師の2人は頭を悩ませていた
雨宿りに立ち寄った下人の男が何の話か聞くとどうやらそれは山で起きた武士殺害事件に関する物らしい
詳しく話を聞くと杣売りは被害者である武士、金沢武弘の遺体の発見者として
旅法師は金沢と妻の目撃者として検非違使の元へ赴いたのだという
犯人の悪名高き盗賊、多襄丸もその場に連行され罪を認め事の全容を語った
動機は金沢の妻、真砂を狙っての物だと
恐ろしいのは関係者の主張する内容が全てまるで異なる事であった
加害者である多襄丸、遺族である真砂、そして巫女を通して語られた金沢の供述
一体、何が嘘で何が誠なのか?

・感想
鬼才・黒澤明監督が名優・三船敏郎を主演に据えて手掛けた芥川龍之介の短編小説を映画化した世界的に評価される名作
先日観た「処女の泉」のインスピレーション元であると知ったのもあり鑑賞
黒澤明作品の鑑賞は本作が初

学生時代、教科書で読んだ原作のイメージが強くおどろおどろしい内容かと想像していて、その予想は裏切られたものの内容が秀逸過ぎて呆気に取られた

悪名高き盗賊、多襄丸
彼に殺された武士、金沢武弘
彼に犯された金沢の妻、真砂
三者それぞれの異なる主張の交錯は三者三様の様々な思いを炙り出していく
盗賊、武士、女という異なる立場のプライドや見栄
それが生み出した3つの主張
どれが本当でどれが嘘かというのがもはやどうでも良くなるほど面白い人間の在り方の問答へと雪崩れ込んでいく展開はいつの時代にも通じる普遍的な物
その上、そこに持てる者と持たざる者という違いも要素としてまずあるのでより重厚感が味わえる

更にこの3人だけでなく彼らの話をする杣売り、旅法師、下人もまた同様に三者三様の物を抱える
杣売りは関わり合いになる事を恐れ秘密を持つ
旅法師は人々の嘘から人間を信じる事が出来なくなる事を恐れる
下人は部外者の立場からそんな2人を嘲笑う
そこから浮かび上がる恐怖、偽善、自分にさえ向けられる人間不信
こうして6人の登場人物の心理が重なり合うと観ている自分もまた疑心暗鬼に駆られてしまう

特に度々、人間の本質を指摘する下人の言葉は極めて現実的で誰にでも当てはまる
だからこそラストで残された杣売りと旅法師のやり取りは希望を抱かせる一方でそれすらも既に信じられなくなっているという…

こうした物語の構成もさる事ながら演出も素晴らしい
供述中も検非違使は姿はおろか声さえも出て来ず、一方で多襄丸を連行した放免の男からは媚びた様な虚栄心が透けて見える
そしてカメラワーク
主観と見栄としての俯瞰が入り混じった様な登場人物の映され方がより話の面白さを引き立てる
そうした映像の魅力の中で供述者が変わる毎にそれぞれの振る舞いや表情もコロコロ変わり、やや舞台的なクドさが芝居にあるのも嘘や見栄を表現する物としてあまりにも的確だった

これだけ深く重く疑問を投げかけて来る作品を90分未満で構成しているというのが凄まじい
そりゃ世界的に評価される訳だわ…

前述の本作にインスピレーションを得て製作された「処女の泉」は宗教色の強い内容だった
それは恐らく本作におけるそれぞれの矜持や見栄を信仰に見立てての事だったんだろうな、と
そう思うと文化的な距離の縮め方として興味深い
ただやっぱり登場人物の誰にも無駄がなく且つ第4の壁を破り考えさせて来る本作のレベルには届いていないかな
とはいえ本作を観るきっかけになったという点では感謝
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