MasaichiYaguchi

羊と鋼の森のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

羊と鋼の森(2018年製作の映画)
3.7
「orange オレンジ」の橋本光二郎監督と山崎賢人さんが再タッグを組んで、宮下奈都さんの第13回本屋大賞受賞した小説を映画化した本作からは、美しいピアノの音色、森の樹々の葉擦れ音、そして様々な主人公の思いが響いてきて心に水紋を描く。
映画は、夢も目標も何もない主人公の青年・外村直樹が、ピアノ調律師・板鳥宗一郎と出会ったことから、自分の目指すものヘ挫折や葛藤を交えながら手探りで進んで行く姿を浮き彫りにする。
このところ漫画原作の主人公ばかり演じてきた山崎賢人さんが、恰も外村直樹とオーバーラップするような感じで等身大に演じていて共感を覚える。
本作には躓いたり転んだりする主人公を叱咜激励したり、影響を与える人々が印象的に登場する。
ピアノ調律師の見習い時代の教育係で先輩の柳、元ピアニストで外村に冷ややかな秋野、実の弟の雅樹、直樹と雅樹兄弟とコントラストを成すような担当客先・佐倉家の姉妹、和音と由仁、そして、外村にピアノ調律師の道を選ぶ切っ掛けを与え、折りに触れてさり気無く導く板鳥。
この板鳥を演じる三浦友和さんが慈愛に満ちていて、主人公だけでなく作品全体を温かく包み込んでいるように見える。
映画で板鳥は心に残る台詞を幾つも発しているが、その中でも特に印象的な二つの言葉。
「焦ってはいけません。こつこつ、こつこつです」
「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」
美しい森をはじめとした自然やピアノの名曲、そしてピアノ調律師を目指す主人公の葛藤の声に彩られた本作は、上記二つをはじめとして鏤められた示唆に富む言葉の数々や、静かだけど力強いストーリーが描く夢に向かっていく若者たちの姿が心に爽やかな音色を響かせます。