Eike

シェイプ・オブ・ウォーターのEikeのレビュー・感想・評価

4.5
メキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督の代表作の一本。
第90回アカデミー賞において作品・監督賞を始め4部門で受賞。

1962年、ソ連との冷戦構造に拍車がかかりつつあった時代。
ボルティモアの秘密研究施設に運び込まれた南米アマゾンで捕獲された謎の生物。
その研究機関で働く口の不自由な掃除婦の女性と謎のクリーチャーとの間に生まれた不思議な絆を巡る物語。

本作、語るべきことは山ほどあるが切り口をどうとるかによって見方は様々でしょう。
デル・トロ監督自身が本作に込めた「社会的メッセージ」について公開当時には結構積極的に発言しておられたから猶更ですね。
トランプ政権下のアメリカ社会でその価値観の根幹を成していた「多様性」への信頼が揺らぐ中にあって目の敵にされる事も多かったメキシコ出身者として、その主張を作品に込めずにいられなかったのも当然と言えましょう。
何より自作に自由に主張を込める事が出来なくなればそれは「映画の死」につながる訳ですから。
しかしSF/ホラー映画のファンからすると本作のお見事さはそうした政治的とも言えるメッセージ性がキワ物ジャンル映画の魅力を邪魔することなく両立されている点にあります。

だってアマゾンの半魚人と恋に落ちる女性の物語なんですよ…これ。
素晴らしいのは本作がアダルトの為の寓話としてこのキワ物ともいえるお話を実に真っ当に描いてくれている点(ちゃんとR指定なのだ)。
少なくともホラー/SF/ファンタジーといったジャンル映画のファンを自認されている方にとっては正に「必見」と言いたい。

デル・トロ監督のビジュアリストとしての力量は本作でも遺憾なく発揮されており、完全に独自のムードと世界観が確立されております。全体のほぼ9割はスタジオ撮影であり、ヒロインの住居、秘密研究所の内部など、デル・トロ監督の趣味が充満しております。
しかし同氏のこれまでの諸作同様、クリーチャーの造形を筆頭に、こだわり抜かれたビジュアル要素はあくまでツールとしての役割に収められております。
描くべきは主人公たちの苦悩・感情・行動であり、物語そのものであるという姿勢は一貫しております。
したがっていわゆる「ジャンル系」の作品でありながら演技陣の力量に委ねられる部分が極めて高く、それもあって今回も人気や華やかさではなく「演技力&個性」を重視した配役。

その意味で主演のS・ホーキンスの起用は見事であります。役柄上、台詞が無いヒロインでありながら表情、そして手話で揺れ動く感情と変容を見事に実現。
40代の中年女性ながらその「少女性」があってこそ異形のプリンスとのロマンスにも無理が無い。
これは正に主演賞ものでありましょう(チャップリンを筆頭にサイレント映画をかなり研究して演技を組み立てたそうです)。
脚本も彼女を想定して書かれたそうで、2014年のゴールデングローブ賞の授賞式で監督自身が彼女に売り込んだそうです。
しかし、元々人見知りの強いデル・トロ監督は中々勇気が出ずに、お酒の力を借りて気を大きくしてから積極的に出演を依頼したとのこと。

しかし本作は彼女をサポートする助演陣がまた強力。
60年代の野心に燃えるアメリカの軍属、リチャード・ストリックランド役のマイケル・シャノンは当時からすれば「当たり前の言動」が現代の視点からすると「怪物」にも見える訳で、そのギャップに込められた社会風刺も「毒」があって面白い。
アメリカン・ドリームの幻想と男性らしさの常識にがんじがらめとなるその姿には滑稽さと情けなさも滲ませる辺りはさすがです。
ヒロイン、イライザの隣人にして親友、隠れゲイのジャイルズ役のリチャード・ジェンキンズはコメディ要素も引き受けておりますがニュアンスで見せる芝居ができる方であり、これもお見事でした。オスカーにノミネートされた「扉をたたく人」以来の熱演でしたかね。
その反対にイライザの庇護者であり仕事仲間のゼルダに扮したオクタビア・スペンサーは口のきけないイライザの代弁者として喋りまくる訳で彼女の達者すぎるぶっちゃけトークは中々の聞かせどころとなっております。
特にイライザの「初体験」を巡るガールズトーク(特にあのサイン・ランゲージが…)は爆笑もの。

肝心のクリーチャーとのコミュニケートシーンを過剰にドラマチックにしなかった辺りはデル・トロ監督らしい好判断。
本作はデル・トロ監督版の「E.T.」ではないのだ。
クリーチャーはあくまで異質の生命体である訳でそれが故に本作は厳然としてSFであり、モンスター/ホラーである訳であります。

個人的にはやはりアカデミー賞の主要部門での受賞を強く喜びたい。
それはジャンル系映画の「成熟」と可能性を改めて示すものとなったが故で、現在興行面で幅を利かせ、一部で反発も聞かれるようになって来たアメコミ映画のその先へアメリカの娯楽映画に新たな指針を与えるきっかけとなったのではないかと思ったからです。
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