ふじこ

ヴィクトリア女王 最期の秘密のふじこのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

女王であると言う事の圧倒的な重圧と孤独、そして愛した人達との死別。
それらによって最早人生を楽しむ、等という余地のないひたすら重たいだけの日々を過ごすヴィクトリアの元に、インドからよく分からない任務でやってきた朗らかで風変わりな男、アブドゥル(ハンサム)。
立場上自分が統治しているはずのインドの知らなかった文化を教えてくれる彼を師として慕い、仲良くなっていく二人。
対象的に、それまで仕えた使用人達や息子、国の重役などは得体の知れないインド人を重用する女王に困惑、なんとか彼を排そうとする…。

ってお話。
アブドゥルがやってくる前の、ただ為政者として日々をやり過ごす精気のない女王と、彼に出会って知らなかった世界を屈託なく、女王という隔たりを感じさせぬ接し方をするその気質に触れて少女のように瞳を輝かせる彼女との差が観ているこっちもなんだか嬉しくなって、それと同時に演じるジュディ・デンチの素晴らしい演技力に感嘆した。素晴らしい役者さんだなあ。

ただ彼女のやり方は為政者としては全く正しくなくて、彼女自身それを分かっていたのか、そうでないのか、それとも晩年を迎え普通の人のように生きられなかった己の人生に思う処があったのか、臣下たちの気持ちを考えぬような暴挙に出てしまう。そしてそれが更に周りの者との軋轢を生み、孤独は深まり、アブドゥルの立場さえも悪くしてしまう。
それまでの彼女がどのような人生を送って、どのような人間性であったのかをよく知らないので何を思って言わば"好き勝手に"振る舞う事になったのだろう…。
ただ頭の悪い人ではないと思うので、すごい暴君であったって事はないと思うけれども。

一方のアブドゥルもまた、どんな人間なのかと言うと観ているわたしにとってはなかなか胡散臭い人物だった。
降って湧いた女王という絶大な権力におもねいて、一緒にインドから渡った男や、宮殿の他の人物との増していく軋轢に対してどう思っていたのだろう。
一見すると屈託なく人懐っこい男であるように思うけれど、自分だけ扱いが上がっていく反面、アブドゥルが重用されたお陰で一人インドに帰る事も許されず、低い扱いで体調を崩していく一緒に渡英した男の事は一切気にする様子もない。気遣う素振りも。どう思っていたんだろう。

ともすれば、晩年に立場や孤独を錨として引き摺る老女に言葉巧みに取り入ったとんでもない野心家か詐欺師の気質でもあるんじゃあないかとちょっとハラハラしてしまった。
ただそうだったとしても、女王の晩年が華やいだのは間違いない訳で、空虚なまま終えてしまうかも知れなかった彼女の今際の際に道を示したのも彼であるのだから、他の人達はともかく女王にとっては本当に素晴らしい出会いだったんだろうなあ。
史実が彼を"善人であった"と言うなら信じたいし、不思議な魅力があるのは認める処。

女王の彼への深い愛情が見られる最後はとても印象的だった。

V: 若い頃は――早く死にたかった
なのに死を目前にして 生にしがみついている
怖いのよ アブドゥル
A: 怖がらないで
"一滴のしずくよ""安んじて身を任せれば"
"海に行き着く"
"我を捨てれば""大いなる海で 安らぎを得よう"
ルーミーの詩です
V: あなたは根っからの先生ね
A: 有名な詩ですよ アラーの教えです
"愛こそが世界""人はその一片に過ぎぬ"
V: どこかに落ちていくみたい…
A: 落ちなさい 何も怖くない
あなたは安息の地へと向かっているのです
V: "永遠の宴"へ
A: そうです
さようなら 我が女王よ
V: さようなら 元気でね
私の… 愛しい息子よ
ふじこ

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