砂

スリー・ビルボードの砂のレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
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想像していた以上に様々なテーマが込められており、非常に難しい映画であったように思う。一言でこんな映画、と言うことができない。
物語で描かれるすべてがメタファーであるといっても過言ではない。
序盤は不和・無理解が生む対立などに焦点が当てられており、そういったものを描く作品と読んでいたが、それだけにとどまらず人の責任や罪の所在にまで飛躍する。

コミュニティにおける対立という、わかりやすい善悪二分の構図を持った序盤から、視点の揺らぎを経て古きアメリカの象徴であるような人物の死を起点に訪れる転換は混迷する現代おけるアメリカ自体を指しているのだろうか。
そういったことなどを含め、様々な方法で多くの波紋が引き起こされる。展開が予想できない。

大きくはないであろう町の中で、内部の揺さぶりや、外部から訪れる者たちによって状況の変化がもたらされる。そして、登場人物たちが決して一面から描かれるわけではなく、かなりの角度から描写されるため善悪という単純な二分ができなくなるのだ。
広告看板とはメッセージや声を象徴するものである。設置者は黒人の男性であり、新任の署長も黒人男性だ。メキシコの小人症の男性は主人公と対等な立場であり、悪態をついていた白人警官たちは次第に大人しくせざるを得なくなる。元々は娘を殺した人間の逮捕を目的とした主人公も、次第に行動原理が対立への闘争心へと移り変わる。そして、行動も次第にエスカレートする。観客からしてみれば、主人公もムチャクチャなのである。ただの悲劇のヒロイン、というわけではなく各方面に問題を孕んでいるのだ。劇中の人々は傷つけあって初めて相互に理解を深め、許しを行う。

ラストでは主人公たちが行うこと自体が、序盤の神父との会話に出てきた罪の話に立ち返る。住まいは隣接する州のアイダホにすむ、中東での戦争に参加した軍人(詳細は秘匿される)を裁くために2人は車を走らせるのである…
あまりに情報が多く、まだ整理ができていない部分が多い。
だが現代アメリカにおける数々の問題が3つの看板とこの物語に集約され、形作られているのだろう。解説も色々みてみようと思う。
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