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タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜のevergla00のネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

【リボン結びなら任せろ】

1980年5月に起きた光州事件。
唯一残った映像記録は、ドイツ人記者Jürgen Hinzpeterによるものだそう。

この記者”ピーター”と、彼をソウルから光州へと乗せて行くタクシー運転手キムの話。

滞納している家賃を、同僚でもある大家から借りようとしたり、幼い娘の機嫌を一生懸命取ろうとしたりと、お調子者だけど憎めないキム。
個人タクシー運転手の彼は、高額報酬目当てに、光州行きを希望する外国人客を乗せることに。
その報酬10万ウォンは、当時37万円弱の価値だったとネットにはありました。

光州で何が起きているのか。
それは、ある程度覚悟していたであろうピーターの想像をも遥かに超えた惨状でした。軍は容赦なく次々に民間人を暴行。軍隊が、守るべき国民に銃を向けて殺戮していくとは、発狂以外にどう説明できるのだろうと非常に理解に苦しみます。検問で見逃してくれた軍人の存在だけが救いでした。

必死にカメラを回すピーターに対し、デモなんて意味がないし危ないからと最初は我関せずと決め込むキム。何しろソウルで自分の帰りを待つ一人娘のことが気がかり。しかし、親切な光州の人々と交流することで、当事者意識が芽生え、良心に従い、何としてでもピーターとフィルムを光州から、そして韓国から脱出させようと、彼の内面が大きく変化します。

1984年にキムが病死しており、それが広く知られたのは映画公開後ということですから、キム側の視点は含まれていない内容と言えるでしょう。実際は外国人客を予約制で乗せており、民主化運動にも熱心で、語学の堪能な運転手だったと。ピーターとの出会いは1975年頃らしい。
しかし、目先の利益を優先し、不都合な真実には目を瞑りがちで平和ボケしている民間人が、信じられないような現実を目の当たりにして、自発的に行動を起こすようになるという脚色はとても良かったと思います。不満、異論があっても、結局面倒だからと事なかれ主義に落ち着いてしまいがちな今の日本人に少し必要な変化でしょうか。

最初は、乗客を置いて一人だけ逃げようとしていたキムに批判的だった光州の人々、特に地元タクシー仲間が、最後には団結してキムの車を護送するシーンが感動的でした。学生もそうでしたが、自己犠牲を厭わず、命に替えてでも守るという覚悟が凄いです。可愛らしい緑色の車体が頼もしく見えて来ました。

ソン・ガンホの演技がとても光っています。一方でピーター役は、命懸けの取材の割には終始淡々として無表情に見えてしまい、もっと熱意が分かりやすかったら盛り上がったのかなと。ご本人がもともとそういう人物だったのかは知りません。韓国語が理解できない設定の割に、キムがほとんど韓国語で話しかけており、ピーターは一体どれだけ理解しているのだろうかと不思議な所も幾つかありました。

乗客の「用事」に否応なしに巻き込まれるタクシー運転手というと、“Collateral”もありますね。あっちは犯罪。こっちは歴史を動かした勇敢で善良な人々のお話でした。今も隠れているであろう無名のヒーロー達に、もっともっとスポットライトが当たると良いなと思います。
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