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タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜のsatoshiのレビュー・感想・評価

4.6
 1980年5月に起こった光州事件を題材にした映画。韓国は民主化までの歴史的な背景のためか、こういった題材の作品には他の国とは違った熱量を感じますね。しかし、本作で描かれていることは、「過去のこと」や「軍部の暴走」といったことを超え、結構普遍的な内容だったと思います。それは、「自分たちの居場所を護るためには、時には自分たち自らが立ち上がる必要がある」ということです。これは奇しくも日本で同時期に公開された『レディ・プレイヤー1』と通じるところがあると思います。

 主人公・マンソプは娘と2人暮らし。タクシー運転手として生計を立てていますが、最近は学生のデモのせいで道路は封鎖され、商売あがったり。「今の学生は苦労知らずだから、国に文句なんか言えるんだ。一度砂漠にでも放り出せ。そうすればこの国のありがたみが分かる」などと言います。序盤はこのように、まだ平和な北京市内において、「知らない」状態の主人公の日常が繰り広げられます。その様はまるで下町人情喜劇。場内では何回か笑いが起きていました。しかし、ドイツ人記者・ピーターを連れて光州に入った時から、異様な気配が漂い始めます。市はシャッターが下り、「光州市の皆さんへ」と書いてあるビラがそこら中にあるのです。本作はこの「日常」と「非日常」の差が非常に上手く表現されていると思います。マンソプはこの自分にとっての「非日常」に入ることで、「当事者」となり、行動するのです。終盤、1回「日常」に帰って「当事者」として以前の「まだ知らなかった自分」を客観的に見せられるシーンがとても上手かったですね。

 これが「英雄の話」であるならば、「ふーん」で終わりそうなものですが、本作の主人公は「一般市民」です。物語は彼の視点で進み、彼の心境の変化が物語に変化をもたらすようになっています。これにより、本作は上記のような普遍性とともに、観客が話に入りやすくなり、同時にエンターテイメントとしてとても面白くなっています。本作は彼の成長物語でもあります。

 本作を語るうえで、もう1つ忘れてはならないのが「バディ・ムービー」という点。そのバディは言うまでも無く「タクシー運転手・マンソプ」と「ドイツ人記者・ピーター」です。彼らは互いの言葉が分かりません。このように、言葉が分からないけど、互いに協力して「真実」を伝えた、という点も、多様な人種を描く今日的な内容だと思います。

 このように、内容的には(多少の脚色はあるにしても)映画にできるほどドラマチックです。しかし、本作は徹底して登場する人が「一般人」なのです。デモをしていたのは名も無き学生ですし、協力したタクシー運転手たちも無名です。肝心の2人も、元を正せば動機は金です。しかし、これによって、本作は「英雄」の話ではなく、「個人」の話であり、この「個人」が立ち上がることで世の中を変えていくという非常に現代的なテーマの作品になったと思います。

 また、少し感慨深くなったのが「映画秘宝」に載っていた監督インタビュー。タクシー運転手は最後まで消息がつかめなかったのですが、映画完成後、主人公の娘から連絡があったそうです。その娘が、映画に出てたあの娘なんですよね。

 ただ、言いたいことが無いわけではなくて。それはラストのカーチェイス。正直、あれはいらないと思います。あれによって、最後の演説の感動が薄れてしまったと思います。あのシークエンスが入ったことで、「あそこで犠牲になったタクシー運転手には礼を言わないんだ」という雑念が入ってしまうんですよね。うん。