紅蓮亭血飛沫

バッド・ジーニアス 危険な天才たちの紅蓮亭血飛沫のネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

“カンニング”を題材とした青春サスペンス、という目を引く要素が際立つ本作。
世界中で大ヒットを記録した、とありめちゃくちゃ面白かったです!

カンニング、というと些か地味に感じますが、本作はその地味に感じる要素をこれでもかとスリリングに、スタイリッシュに描いて見せた、これが何といっても素晴らしい。
まるでスパイ映画のような、ミス=死を連想させられる程の張り詰めた空気、汗だくの表情と落ち着かない視線の演技等、キャストによる熱演が凄まじい相乗効果を生み出してくれました。
視聴者も思わず息を呑む、ハラハラさせる音響と描写にこだわっている力の入れ様を、序盤で描かれる最初のカンニングシーンでしっかりと発揮しているため、掴みはバッチリ。
「最終的に、カンニングという題材をどこまで突き進めて行くのだろうか」と期待値も爆上がりです。
その期待を大きく飛び越えるがごとく、全編通してカンニングという題材を巡る登場人物達の奮闘、臨場感、クライムサスペンスとしての完成度が非常に高く、最後までどんな結末に至るのかわからない構成力に脱帽!

序盤から定期的に流れていた、主人公・リンを含んだカンニングチームの面子がどこかの部屋で尋問を受けているようなシーン、を度々挿入していたのもいいアクセントですね。
このシーンを序盤から何度も映していた事で、「結局彼女達の思惑は失敗したんだな」と意識してしまい、これらのシーンは“もしバレてしまった際に個人一人ずつが尋問されても、全員で口を合わせるように”という練習風景でしかなかった、という種明かしによるミスリードが絶妙。
カンニングとは人目を盗み、または視線を誘導させて欺く事が主流ですから、彼女達を観察しているはずのこちら側すらもしてやられた!、という驚きにニヤり。
そして何より、序盤から映されていたこの一連のシーンが全部ミスリードだった、という事を理解すると同時に“物語がどの方向へ転ぶのか予測出来ない”という映画本編への注力度を付与させる面にも着手出来ているのが堪りません。

更に、カンニングだけで終わらせない徹底振り、クライムサスペンスとしての駆け引きを極限まで高めてくれた怒涛の展開にも注目です。
共犯者・バンクが捕まってしまい、リンは必死の逃走劇に身を置く事となるのですが、これがまた一筋縄ではいかない数々のハプニング(ピアノ演奏を暗記手段として用いたからこそ周囲の騒音が記憶を阻害する、焦りからスマホを落としてしまいひび割れして反応が鈍くなる)、迫るタイムリミット、その上で自分の解いた答案を全部暗記したはずなのに、この危機的状況を前にパニックになり、漏らしたり度忘れしていないか疑心暗鬼になってしまっていたり・・・と気が狂いそうになるぐらいの切羽詰ってる緊張感が最高!
二転三転する状況に、登場人物全員が機転を利かせてその場を潜り抜けようとする凄まじい執念と猛襲。
正に死に物狂い、命懸けの大博打。
身を乗り出してしまうほどに目の前の状況に魅入られること間違いなしです。

エンターテイメントとしての面白さをこれでもかと見せ付けた本作ですが、その上で“社会風刺”をも織り交ぜたのが、本作の秀逸さを更に昇華させてくれたと思います。
もう十分なほどお腹いっぱいにさせられたのに、まだまだ飽きさせてくれません。
まず、本作の舞台国がタイである事。
タイという国は、“貧富の差”といった格差社会が際立っている国の一つです。
元々リンは父子家庭で、父は優秀な頭脳を持つリンを有名な学校に入れるために自分の生活を犠牲にしていたり、チャンスを得るために学校にお金を納めたりといった、必要以上の出費を日々強いられてしまっていました。
娘のために、常に自分を犠牲にしている父親の姿を見かねたリンが、金持ちからの報酬目当てで今回のカンニングビジネスへと手を染めてしまった、というのは何とも悲しい…。
パットとグレースから大規模カンニング企画を提案された時に一度は拒否するも、自分の傍で裕福な生活を送っている家族を見てしまい…というドラマを挟んでくれたのも嬉しいです。
同様に、優等生・バンクもリン同様に母子家庭で、母は体が不自由な面があるためクリーニング屋と学業の両立に追われる日々。
そんな彼を更に追い詰める、パットの何気ない一言に感化されたガラの悪い男達によりボコボコにされてゴミ捨て場に捨てられるだけでなく、海外留学試験という喉から出が出る程の機会に間に合わなかったという現実…。

これらの事から、リンを始めとしたカンニングチームに複雑な同情心を付加させてくれる事に着手出来ているわけです。
結局の所、この企画を持ち出したお金持ち・パットにリン達は利用されてしまっていて、本人達もそれを自覚している。
それでも尚その誘いに乗り危険な駆け引きに身を投げ出すのも、貧富の差からなる格差社会に、自分達の生活に少しでも潤いを与えたい渇望心から。
社会において十分過ぎる程の実力を発揮できる人材がいても、貧しい生活に縛られているが故にそのチャンスすら掴むのが困難である現代社会に、一矢報いたいという思いがあったように感じられました。
常に金持ちだけが得をして、貧しい者の環境は変わらない。
その不条理に、理不尽な社会に向けた挑戦状だったんですね。

大学への裏口入学、不正な金銭のやり取りといった、秘密裏に行われている不正が後を絶たないこの現代社会。
それはタイという国も例外ではなく、人種差別や編入拒否といった事件も起きている事から、この世は汚い大人達による横暴が常習化していて、尚且つその被害がダイレクトに響いてくるのは子ども達。
そんな格差社会を前にカンニングという手段を用いて戦ったリンの姿は、狡賢くもどこか勇ましい。
勿論、カンニングとは許される行為ではありません。
理由はどうあれ、不正ですから。
この日のために必死に勉強した人を小馬鹿にするかのような行為である以上、到底許されていい事ではありません。
でも、そんな不正を行わなければならない程追い詰められてしまっている人だからこそ映画として成立しており、人間としてどこかで応援してしまいたくなる…そのバランスが絶妙でした。

後半以降自業自得の面はあれど、こんな社会の荒波に飲まれ、食われる側でなく食う側になる事を是としてしまったバンク。
汚い大人やお金持ちと貧しい者の間にある格差社会という理不尽な社会を憎みつつも、“罪の告白”という決断を通して一人の人間として気高く、真っ当に生きていこうとするリン。
悪しき習慣が蔓延る社会に染まってしまう人、そんな社会に染まらず懺悔と向上を試みる人。
本作が面白いと思えたその所以は、不条理なこの社会に確固として立ち向かって見せたその生き様でした。
誠実に生きていても報われない、むしろ権利や不正による横暴が揉み消されているこの社会。
そんな社会を生きていく我々も、彼らと同じように生きるか否か。
今一度、己の人生観を問い掛けられました。
カンニングという題材を昇華させてみせた期待値以上の面白さだけでなく、社会風刺をも混ぜ込んだ思わぬ儲けもある、一粒で何度も美味しい映画です。
お勧めです!


P.S
本作で特に気に入っているシーンは、リンとバンクが終盤において大規模試験・STICを受ける前にツーショットを撮ったり、「海外旅行は初めてだ」と会話するシーンです。
カンニングという悪巧みをしに来た二人ですが、この瞬間だけは歳相応の子どもに戻れたような、足枷を外されて自由となれたような、美しい光景でした。
その後にバンクが捕まってしまい、自分に疑いがかけられていない今の内にスマホに保存したそのツーショットを消さなければ…でも…、と一瞬思い悩むリンの姿も印象的。
見返すとまた新しい発見がありそうですね。