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パンとバスと2度目のハツコイのmのレビュー・感想・評価

3.9
フランスパンで人をブッ叩くという行為には、独特の可笑しみがある。
当の本人は至って真剣に怒りの感情に任せて相手を叩いているのだけど、いかんせん得物がフランスパンなので側から見るとどうにも可笑しい(それを完璧に活かしていたのが、いまおかしんじ監督「かえるのうた」だった)。
この「パンとバスの二度目の初恋」では冒頭で早速フランスパンによる殴打が行われるが、そのシーンが完全に滑っていて失望する。殴打する側・殴打される側の役者の演技も撮影も、おそらく演出で意図的に今泉映画らしからぬベタなメロドラマ的力みを有していて、それが明らかに失敗している。
冒頭に続く数シーンもギクシャクして不調で、観ていてかなり不安になった。

しかしその後時間が飛び、人気のない早朝の街をふわふわと歩いて出勤する主人公の姿を美しく切り取ったショットでようやく引き込まれる(この時の衣装とドリーも良い)。そこから先はいつもの今泉映画で(ただ画には明確な変化があった)、傑作とは言わないが程良い佳作に仕上がっている。


『好き』と『孤独』について生真面目に考えた映画だが、子供にテーマを語らせるのは間違いだった。
『好き』が分からないと言いつつもふわりと『好き』の感情を抱いていく主人公がふわふわと揺れ動いていくのと同じように、映画自体もふわふわと当場人物達の日常と心模様を描いていく。個人的にはそれが脚本がまとまっていない・軸が定まっていないようにも思えた。あえてまとめず定めないというのが今泉監督のスタイルだとも思うが、長編映画にはもう少しまとめる事も必要だと思う。

テクニカルな演出はやっぱりあまり上手くはなく、相変わらずのナチュラルなトーンの芝居やシーンが続くのを観ていると正直単調とも思えてくる。自らの人生を燃やした一回きりの手だからこそマンネリを脱した傑作「退屈な日々にさようならを」以降の今泉映画の突破口はこの映画ではまだ見えていない。


俳優陣で飛び抜けて上手いのはやはり伊藤沙莉。山下健二郎はハイローの時に比べればだいぶ柔らかくなったが、それでもまだ硬い。

良い発見だったのは主演の深川麻衣。ふわりと柔らかい芝居と存在感で映画の中に自然に存在していて、今泉映画との相性が抜群に良い。スクリーンに映えそうな魅力も備えている。この人は青柳文子以来の今泉映画のミューズになるかも、「愛がなんだ」での再タッグには期待したい。

音楽も良い。
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