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彼が愛したケーキ職人のpicaruのレビュー・感想・評価

彼が愛したケーキ職人(2017年製作の映画)
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【人生のレシピの話】

おいしそうな香りに誘われて映画館へ。

『彼が愛したケーキ職人』観ました。

「恋人」を不慮の事故で失ったケーキ職人の主人公トーマスと、「夫」を亡くし女手ひとつで息子を育てるアナト。ベルリンの彼とエルサレムの彼女。「同じ男性」を愛したふたりを結びつけたのは、ケーキだった。

トーマスのケーキにはひみつがある。

彼は生地にそっと悲しみを閉じ込める。オーブンで焼き上がる頃にはきっと柔らかい儚さへ形を変えるから。それは、甘い味よりも先に優しい香りを、本当に必要な人へ届けてくれるから。

カフェを営むアナトのコーヒーにはひみつがある。

彼女は悲しみを苦味で誤魔化す。その香りで痛みを紛らわす。そっとミルクを入れたら、消えない傷も柔らかくなるから。同じように喪失感を抱えた人に、寄り添うことができるから。

愛してしまったケーキ。
忘れられないクッキー。
気まぐれに見せかけたエスプレッソ。

人生という名の“お菓子作り”に必要なのは、甘いエッセンスではなく、隠し味の涙なのかもしれない。

鑑賞後、残る後味はケーキのような甘さか、クッキーのような香ばしさか、あるいは、カプチーノのようなほろ苦さか。

ささやかな喜びと涙で、自分にしかできないブレンドを生み出したい。

そんな小さな希望をプレゼントしてもらえる、静かで温かい映画だった。
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