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婚礼のukigumo09のレビュー・感想・評価

婚礼(2016年製作の映画)
3.5
2016年のステファン・ストレケール監督作品。映画評論家や写真家として活動していた彼は後に映画監督となるのだが、彼の場合スポーツへの情熱も並外れていて、サッカーやボクシングのスポーツライターをしていたり、サッカーベルギー代表の試合の解説をしていたりと幅広く活躍している。彼の短編デビュー作品『Shadow Boxing(1993)』ではボクシングを扱っていた。また長編第2作の『世界は俺らのもの(2013)』はギャングの世界とスポーツの世界という全く異なる2つの世界を生きる2人の話であったが、主人公の1人はプロサッカー選手を目指しており、ボクシングやサッカーが彼の作品に直接影響を与えているのがよく分かる。また『世界は俺らのもの』というタイトルはヌーヴェルヴァーグの巨匠ジャック・リヴェット監督の長編第1作『パリはわれらのもの(1961)』に因んだもので、当たり前だが映画愛好家の顔も見えてくる。
本作『婚礼』は人物の名前は変更しているが実際に起こったサディア・シェイク殺人事件を元にしている。この事件は2007年にパキスタン系ベルギー人の女性が兄に殺された事件で、ベルギー初の名誉殺人事件とされている。

パキスタン系ベルギー人のザヒラ(リナ・エル・アラビ)は恋人タリクとの子を妊娠していた。恋人は子供を望んでおらず、ザヒラは産みたい気持ちがある。現代のベルギーなので中絶自体が違法になったり高額な費用がかかったりすることはなく、プライバシーも保証されている。親友のオーロール(アリス・ドゥ・ラングサン)のアドバイスもあり一旦中絶の方向で決心したザヒラだったが、病室に入ったところで翻意する。ザヒラにはこういった悩みや決断を言える相手や言えない相手がいて、仲がいいものの両親にはほとんど何も言えず、オーロールにはある程度相談できる。そして彼女にとって恋人よりも深いことが話せるのは兄アミール(セバスチャン・ウバニ)だ。兄との親密さは2人の会話シーンでのアップでの切り返しの繋ぎで感じられる。この親密さこそ本作がギリシャ神話のような悲劇を迎える要因の一つとなるのだ。
ある時父マンスール(ババク・カルミ)からパキスタンに住む3人の男性から1人結婚相手を選ぶように求められる。オーロールには笑い話として相談していたが、両親は深刻でイスラム教の戒律には一切妥協を許さない彼らは本気で結婚させようとしており、スカイプでそれぞれの男性とお見合いすることになる。その中の1人がフランス語を話せるということで少し共通の話題があったため、両親はその男性との結婚で話を進めようとする。そんな時期にザヒラはベルギー人のバイクの修理工ピエール(ザカリー・シャリセオ)と出会い恋に落ちる。オーロールの父アンドレ(オリヴィエ・グルメ)が間に入り、両親とザヒラを仲裁しようとしても家族と折り合うことができず、彼女は家を出ようとする。

パキスタンの伝統的な結婚観と西洋の自由恋愛、宗教や文化などの狭間で移民2世のザヒラはもがきながらソロリサイドという悲劇の結末を迎えてしまう。本作のテーマである多様性の中の統一は、個人でも国レベルの大きな集団でも考えなければいけない重要な話題だろう。『世界は俺らのもの』でスポーツ界と犯罪の暗黒世界という異なる2つの世界の巡り合いを描いていたストレケールが現実の2つの世界を描いたのが本作だ。監督はこの作品で明確な悪人はいないと明言している。その際ジャン・ルノワール監督『ゲームの規則(1936)』の名台詞「この世には恐ろしいことが1つある。それは全ての人間の言い分が正しいことだ」を引用しているが、単純な悪人がいないからこそ本作では世界の複雑さが見事に表現されている。
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