"イギリス版『この世界の片隅に』"
1928年ロンドンから始まるエセルとアーネスト、そしてレイモンドの"普通"の人生。
日本にはすずさん、イギリスにはエセル。
その時代を生きた人々が鮮明に描かれる本作は、「スノーマン」で有名なレイモンド・ブリッグスによるグラフィックノベルが原作となっている。彼の作品の1つ『風が吹くとき』のモデルにもなった実際の両親を描いた作品だ。
牛乳配達とメイド、初デートは映画館、結婚前の御挨拶、結婚、二人(三人)で住む家、DIY、花、妊娠と出産、息子の誕生、息子の成長(思春期)、それらを取り巻く環境の変化。
特に派手さは一切なく、史実に忠実に沿った硬派なイメージを受ける。
しかし、本作はありふれた日常を切り取りつつも、決して退屈さは覚えない。
誰にでも起こりうる人生のイベントの数々を淡々と、それでいて絵本のような絵柄でありながらも大胆に描き出す。
また、誰もが皆幸せではなく、終戦を素直に祝福できない父親、過重労働に疲弊するアーネスト、そして生涯に一人しか産めない体であったエセルなど、過酷な現実も隠すことなく表現している。誰かの人生を切り取りつつも、映画としての緩急をつけた構成は、激動の時代を生きた人々を描くには必然だったのかもしれない。
終盤にかけて、妙に展開が早くなったのが気になるものの、当時のイギリスの情勢や生活様式を知るうえで、心にじんわりと沁みるラストだったと思う。