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チャーチル ノルマンディーの決断のotomisanのレビュー・感想・評価

4.1
 つくづく思うのは、日本にはチャーチルがいなかった事である。こういう映画を見て残念に思うのは日本ではこんな物語は空想ですら描けない事だ。チャーチルの代わりに大本営発表と配属将校、憲兵、特高警察と翼賛体制があって全人口が国體を支える皇民だ。そんな中でも、斉藤隆夫は翼賛選挙を勝ったし、人民戦線事件は無罪確定もしている。日本だっていろいろあるのだ。
 それでもこんな戦時にこそ際立つチャーチルはいない。いや、英国でもチャーチル以外に誰もいないだろう。ガリポリ敗戦で失墜し、戦間期は鳴かず飛ばず。WWⅡで推された首相の座から、守勢に立って湧く弱気を演説で払拭し鼓舞し激励し国を支えたチャーチルにも家庭があって、ホームドラマが生まれる。
 D-Dayまでの三日の話だが、砲声も機関音も爆音もない。ガリポリの悪夢で臆するチャーチルを妻が、配属武官が、秘書の小娘が全霊を傾けて、怒鳴って宥めて叩いて三行半まで用意して説得して正気に引き戻そうとするのだ。正気と言ったが、国民に戦争遂行のための旗幟を鮮明にし士気高揚を図る事である。それだけで嫌悪する向きもあろうが、ヒトラーを下す戦時の首相の仕事だ。この臆した老人を立たすのは、意外にも怒られ怒られタイプしてた秘書の小娘の身の上の告白である。そこから、属領植民地維持に必要な軍事警察活動や大戦など外征の結果、既に多くの戦争後遺症者、ひいては生活困難者がいる事が教えられ、更に新たな大戦に、また婚約者を取られる身からは、首相の道義人道に適いはするが負けられない戦で敗けを既に拾ったかのような消沈が今更な背信に等しいと告げられる。ここに立ち直ろうとする指導者チャーチルと一市民の小娘が繋がれる。こんなドラマは英国でなければ作れないだろう。
 ご覧通り、ホームドラマと言ってもチャーチルを始め4人は英国の縮図であり、事の決着は英国の何者成るかを宣言する大事な演説だ。それでも間違いなく、チャーチルも人の子で弱り目にも会い、妻や小娘の叱咤無しでは能く立たない事もある訳だ。こんな辺りが歴史の裏話のおもしろいところだろう。
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