Monsieurおむすび

家へ帰ろうのMonsieurおむすびのネタバレレビュー・内容・結末

家へ帰ろう(2017年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

ホロコーストを生き延び、ユダヤ人迫害のある生まれ故郷ポーランドからアルゼンチンへ移住したユダヤ人のアブラハム。

88歳になり人生の終盤に命の恩人である友人との70年越しの約束を果たしに再びポーランドへ向かう・・・。

幼い孫とお小遣いの値段交渉を本気でするコミカルでシニカルな描写が
「このじぃさん大人げなくて頑固だなぁ」と思わせる上手い冒頭。

上辺だけは良好な関係の娘達に老人ホームへ入れられる前に旅立つアブラハム。
彼は家族を殺した国「ドイツ」とユダヤ人への差別意識が激しかった祖国「ポーランド」という言葉を絶対に口にしない。
どうしてもな場合は紙に書いて伝える。それほど彼の記憶には悍ましい過去としてこびりついている。

少し横柄でワガママだけど元仕立て屋なだけあって、気品と礼節も持ち合わせる彼の道中は、行く先々でトラブル続き。
その度に見知らぬ人に助けられ、前に進む。彼と関われば自ずとわかる奥ゆかしさと旅に対する覚悟が周囲を惹きつけるのだ。

中でもドイツ人学者イングリットとのエピソードは胸に迫る。
ドイツ国内に入りたくない。足をつけたくない。と周囲を困らせていたアブラハムに対し、親身になるイングリットがドイツ人と知った途端にアブラハムは拒絶する。
イングリットは「ドイツ国民は責任を背負い変わっていこうとしてる」と伝え、アブラハムも自身がその目で見た惨たらしい場面の数々を失った家族への愛を伝える。
そして、ドイツの国土に足をつけることも拒んでいたアブラハムは未来を見据えて自分の足で立って歩いた。
別れ際に2人が交わす抱擁に、僅かかも知れないが、様々な感情が溶け合い交錯している気がした。

ワルシャワからウッチへ辿り着き、遂に友人宅を訪ねる。生きているかどうかもわからない彼。立ち入る事が出来なかった土地と記憶。思いが溢れるアブラハムの背中を押すワルシャワで出会った看護師の言葉も感慨深く、ラストはもう大粒の涙が止まらなかった。

変わらない歴史と忘れられない記憶が創り上げたアブラハムという人物は奇しくも彼の地を訪れる旅路の中で、少しずつ変容していく。
それは戦争行為が人間の残虐な悪い面であるように、自分とは関係のない他人への小さな優しさを持てる事が良い面だと伝えているよう。
マドリードの宿屋の女主人マリア
自分を「愛してる」と言わなかった唯一の娘クラウディア
ドイツ人学者イングリット
ワルシャワの看護師ゴーシャ
彼女達それぞれが示す優しさや愛に、アブラハム同様に私の心も温もりに包まていった。
ホロコーストを題材にした映画ではあるが、インパクトの強い映像を使う事なく、言葉や所作で語りかける極上の人間賛歌。
Monsieurおむすび

Monsieurおむすび