一人旅

読まれなかった小説の一人旅のネタバレレビュー・内容・結末

読まれなかった小説(2018年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作。

前作『雪の轍』(14)がカンヌ映画祭パルムドールを受賞したトルコの鬼才:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督最新作で、トルコの農村部を舞台に父と息子の軋轢と相互理解を3時間超の長尺で描いています。

大学を卒業したばかりの小説家志望の青年:シナンが、トロイ遺跡近くの故郷に戻ってきた。父親のイドリスは定年退職間近の小学校教師だが、競馬に明け暮れ借金まで抱えており、家族の暮らしは貧しかった。シナンは、父親と同じ道を歩みたくないと思いつつも、とりあえず教員採用試験を受けることに…という、父と息子の関係性の行方を描いた普遍的なテーマとなっています。

“負け犬”に転落した今の父親に対する軽蔑と反感を募らせている息子と、懲りずにギャンブルを続け家族を苦しめてしまっている父親の父子関係を、母親と娘その他周囲の人々との関わりや息子が見るいくつかの幻想風景と共に描いた人間ドラマであり、若さゆえの未熟(根拠のない自信と上から目線、父親の表層的な部分のみへの着眼)から抜け出せない息子の硬直した心境と、息子からの軽蔑の眼差しを静かに受容する父親の悲哀を描いて、父子の確執と無理解の有り様を浮かび上がらせています。そして、息子が執筆した自伝的内容の処女小説への父親の真摯な向き合い方(母娘のそれとは明白に対照をなす)が決定打となって、息子の心境の変化と長らく凍結していた父子関係の雪解けがもたらされていく様にホッと胸をなでおろすと同時にずっしりとした深い感動を体感させてくれます。
 
また、トルコ北西の都市チャナカレの風景はコロナ禍が無ければ夏休みに足を運んでみたくなるほどの美しさを誇っていますし、静謐な作風ながら挿入曲のバッハ「パッサカリア ハ短調 BWV582」が息子の心境と共鳴する効果的な使用となっています。
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