風の旅人

ラストレターの風の旅人のレビュー・感想・評価

ラストレター(2020年製作の映画)
4.5
大学時代からその後の未咲(広瀬すず)の人生が映像化されることはない。
美咲の遺影が象徴するように「映像作家」岩井俊二は彼女が最も輝いていた高校時代を映し出す。
物語は未咲の葬儀(死)から始まり、初恋の相手である彼女に囚われた乙坂鏡史郎(福山雅治)の再生を描く。
初恋の人のことがいつまでも忘れられず、処女作に『未咲』とつける乙坂の感性は、女性からしたら「キモい」のかもしれない。
村上春樹、岩井俊二、新海誠はみんな同じ匂いがする。
三者とももう二度と戻らない過去へのノスタルジーを出発点とする。
乙坂は大学時代に未咲と付き合っていたにもかかわらず、奇妙なことに思い出すのは高校時代の彼女ばかりだ。
未咲の恋人だった阿藤陽市(豊川悦司)は、「何者かになろうとし、何者にもなりえなかった」と乙坂に語るが、処女作以降作品を発表していない乙坂もまた一歩間違えれば阿藤になっていた可能性がある。
阿藤は乙坂の幽霊(分身)として存在する。
阿藤が言うように、作家は人生の一部しか切り取ることができない。
しかし時にフィクションは現実よりも深い感動を鑑賞者に与え、現実の人生に影響を及ぼす。
乙坂の小説が未咲にとって救いになっていたように。
岩井俊二は「現実とフィクション」の関係に意識的な作家であり、それを物語に構造的に組み込む。
誰もが現実だけでは生きていけない。
人は現実と同時に想像の世界に生きている。
たとえそれが甘美な夢だとしても。
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