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シルクウッドのdowaikiは家にいるのレビュー・感想・評価

シルクウッド(1983年製作の映画)
3.0
都合の悪いことは見なかったことにする無かったことにする、自分さえよければいいと考えて行動する、これは人間の性質であって変えることができない。シルクウッドはそんな人間に殺された。内側外側から板挟みになって死んだ。プルトニウム被曝より前に人間に殺されたのだ。

35年以上前の作品だから核燃料精製の行程は進歩して当時とは異なるだろう。もしかしたらオートメーション化によって人の手は一切介在しないかもしれない。でも放射性物質に汚染された人間への手当ては今も当時とそれほど変わらないはずだ。そして言うまでもなく人間、そして人間の作る組織の性質は変わらない。原発は必要なインフラとして稼働している。事故も経験した。

古いからという理由で当てはまらない箇所は少ないし、学ぶべき、この作品を観て思い出すべき事、が沢山あるだろう。
今こんな商業映画は作れない。被曝より失業を恐れる無知の怖さを、異をとなえる存在を排除する人間社会のシステムを、激若シェールの顔面を見ながら考えてみようではないか。