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夜の来訪者のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

夜の来訪者(2015年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

1912年。バーリング家では長女シーラと、バーリング家とライバル関係にあるクロフト家の息子ジェラルドの婚約を祝う食事会が行なわれていた。事業で成功した父アーサー、上流階級出身の母シビル、そして放蕩息子の弟エリックも2人の婚約を祝福していた。その祝宴中、唐突にグール警部と名乗る人物が訪れる…。

「アガサ・クリスティー好きなら納得の傑作ミステリー」との評判に釣られて鑑賞。
1人の女性の死を巡って、次々と暴かれる祝宴に集まった人々の罪。
そして、その底辺にある格差社会への痛烈な批判。
尺は短いながらも大満足の傑作ミステリーである。

グール警部は服毒自殺したエヴァ・スミスという若き女性に関して聴取に来たことを告げる。
主人アーサーは、彼女の写真を見せられ、彼の工場で二年前におきたストライキの際、他の従業員を扇動したという理由で有無を言わせず解雇した女工であることを思い出したが、その後、エヴァがどのような苦しい生き方を強いられたかについては知らず、自分は無罪だと言い張る。

次に写真を見せられた娘シェイラは、洋品店で自分がドレスを見立てている時、一人の女店員がクスリと笑ったのを咎め、主人を呼びつけて大袈裟に騒ぎ立てたため、その女店員が解雇されたことを思い出した。それがようやく新たに仕事を掴んだばかりのエヴァだったと知る。

警部の次の質問はジェラルドに向けられた。
彼には、酒場で男に言い寄られて困っている女性の危機を救ったことがきっかけとなり、彼女に住む場所を与え、関係を結んだ記憶があった。
それが生活に困窮し、家賃も払えずに身を売る寸前のエヴァだった。
人助けとはいえシーラという女性がありながら、女を囲った事実を知り、シーラは婚約を拒否する。

次に質問された母シビルも、町の慈善協会幹事として、二週間ほど前、妊娠した女が救いを求めに来たのを、子の父親に頼れとすげなく追い返したことを指摘され、警部が見せた写真を見て彼女がエヴァであることを知った。

シビルは、彼女をそんな境遇に陥れた妊娠させた男に責任を被せるべきだと主張したが、その男がまさか、自分の息子エリックだとは知らなかった。
警部の前で、既に自分の罪に苛まれていたエリックは、エヴァと関係を持ったこと全てを白状した。

全てはエヴァの日記に書かれている、証拠はあるんだとばかりに、グール警部がグイグイと質問責めにして、その場にいる全員の罪を暴くのが痛快。
警部に対して、そして回想シーンではエヴァに高圧的で差別的な態度をとっていた富裕層が、自分がエヴァに行ったことへの罪悪感から弱々しくなっていく様にスカッとする。
まるで、エルキュール・ポアロが物語終盤から始める殺人トリックの種明かしを、最初からエンジン全開で行っていくテンポの良さがある。

エヴァに対する一同の罪を暴いた後、グール警部は全員に対し悔い改めるよう求め、バーリング家を去っていく。
しかし、悪行を断罪して事件解決か?と思いきや、映画の尺はまだ残っている。
ラストは見ている私たちの振る舞いも考えさせられるものとなっている。

残されたバーリング家では、グール警部の存在に不信を抱いた父親とジェラルドが警察の知り合いに電話をしてみたところ、新しい刑事もグールという名前の警部も居ないことが判る。
又、病院に問合せてみてもその夜は自殺者はいないとのことだった。
では、あのグールという男は一体誰であったのか、自殺したという女の話は嘘だったのか?

一同は、一杯喰わされたと憤慨するも、もしかしたら、彼らがそれぞれ関わったエヴァという女性が同一人物ではないのではないか?
またエヴァはまだ死んではいないのでは?と安堵し、先ほどまでの罪悪感も忘れて、笑いくつろぎ始める。

罪悪感を感じたなら、その罪滅ぼしに専念すべきところ。
エヴァはどうなったのか?と捜索するのがまず筋ではないだろうか?
まだ告発すべき事件が起きていないなら、反省しなくても良いのか?
バーリング家の喜びようには呆れる反面、自分もホッとしてしまうかもというモラルの揺さぶりがある。

しかし、その時エヴァは未だ生きていた。
命を絶つ前の最後の想いを日記に綴っていた。
そして、グール警部がバーリング家を去って暫く経った頃、エヴァは自室にバーリング家の人々やジェラルドとの関係をつづった日記と一枚の写真を残した後、公園にて消毒薬で自殺を図ったのだった。

街の人に発見され、運ばれた病院での治療の甲斐もなく、エヴァが死んでいく一部始終を、まるで看取りに来た天使のようにグール警部が見つめている。

しばらくして、バーリング家に警察から電話がかかり、若い女性が自殺したことと担当警部が調査に訪問することが告げられ、一同が驚愕におののく中、映画は終わる。

誰がエヴァの死の決定打となったのか?
尋問される一家が追い詰められる様子も交え、推理劇として非常に面白い。
一番最後に明かされる事実は、まだエヴァは死んでいなかったということ。
だが、その直後、彼女の死を未然に防げなかった悲しいラストは、サスペンスの結末として十分な衝撃である。

普通のサスペンスは起こってしまった事件を解決するのだが、起こり得ると分かっていながらもか弱い人間の死を防ぐことができなかったというのは悲しい。

本作には大きな意味はもう一つある。
それは、推理劇の衣をまとった格差告発の物語であるということ。

若い女性の死因は自殺なのは明らかだが、ある意味で上級階級に殺された、とも言える。
尋問の中で、上流階級の人間が、いかに無意識・無自覚に下流階級の人間を虐げているかが明らかになる。
しかしそのことを告発された後も、上流階級の象徴であるバーリング一家は、自分たちを正当化しようとする。
そのことに憤りを感じた人は、ラストに溜飲が下がるだろう。

しかし、身分や収入に関わらず人が人の人生に少なからず影響を与えているのだ。
一度は安堵するバーリング家の人々に、「貴方はどうなのか?」と俯瞰して振り返るように出来ている。
その俯瞰する視点へと導くのがグール警部の存在だ。
単純に勧善懲悪のカタルシスを感じるだけのドラマではない二重構造に脱帽である。

調べてみると、イギリスの作家J・B・プリーストリーの有名な戯曲とか。
それをBBCがドラマ映画にしたものらしいが、劇場映画に負けぬほどの素晴らしい美術と語り口。
グール警部のシリーズがあるなら是非とも見たい。
一級品のミステリーである。
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