サラリーマン岡崎

蜜蜂と遠雷のサラリーマン岡崎のレビュー・感想・評価

蜜蜂と遠雷(2019年製作の映画)
4.5
同じ曲でも弾く人によって、異なる曲になるのは確かだ。
僕もピアノを習っていた頃、楽譜の記号の指示通りに演奏をするが、
その中でもひとつひとつの音を自分なりに強弱つけたりして、
でも、それに対して先生に怒られたりして。

何故、そうやって自分自身の解釈が出てきてしまうのかわからないが、
今まで培ってきた自分自身の感覚がそうさせているのだと思う。
曲を聴いて、そこから受けるインスピレーションは、
いままで生きてきた中で感じてきた体験や価値観が頭に思い浮かぶ。

この映画で表現される「世界は音楽で溢れている」という言葉は
潜在的に僕の中であったそんな音楽への感覚を呼び覚まさせてくれた。
登場人物の4人はそれぞれの考えで、ピアノを演奏する。

そして、4人がそれぞれの演奏から影響をされる。
ピアノをやっていると、亜夜の様にピアノを弾く楽しさより、
コンクールへのプレッシャーの方が多くなり、
ピアノを弾くことがオペレーションの様になってしまうことがある。
こういう時に、コンクールや演奏会で聴くほかの演奏者の曲を聴くと、
この曲こんな風に弾きたいなとか思ったりもした。

音楽を奏でる時は、目の前にある楽器にただ向き合うだけではなく、
それまでに生きてきて培ってきた自分自身の感覚や
様々な人からの影響を受けて、
その曲に対して自分自身が思い描いていることを表現する。
この長調はあの時の高揚感に似ている、この短調はあの時の悲しさに似ている、
明確にそれらを思い出すわけではないが、感覚は思い起こされる。
それを音だけでなく、映像(それは彼らが本当に思い描いているその音楽の情景)も合わさることで、登場人物たちがその曲に思い描いていることを共感させてくれる、
音楽を奏でることの素晴らしさを久々に教えてくれた映画だった。