悠

僕たちは希望という名の列車に乗ったの悠のレビュー・感想・評価

4.9
1956年当時、ベルリンの壁建設の5年前。西ドイツの映画館でハンガリーの民衆蜂起を伝えるニュースを見た東ドイツの男子高校生二人は、教室の仲間達と共に犠牲となったハンガリー市民へ2分間の黙祷を捧げる。その行為は当時ソ連の体制下にあった東ベルリンでは反社会主義的行為と見做されていて、やがて生徒たちの将来や人間関係を大きく左右する深刻な事態へと発展していく…。

『沈黙する教室』というノンフィクション本の映画化作品ですが、まさに事実は小説より奇なりと言いましょうか、多少の脚色はあるとしてもここまで悲劇的で憤懣やる方ない出来事が現実にあったということに驚きを隠せませんでした。共産主義だけに拘らず様々な社会体制への警鐘を鳴らすメッセージ性の強さに加えて、生徒達が級友や家族と繰り広げる暗澹たるドラマや、下手なスパイ映画よりも手に汗握るポリティカルスリラー的側面等、非常に見どころの多い作品でした。
中でも一番ハッとされられたのは、本作の皮肉に富んだ客観性の高さ。体制に対しての不満を感じながらも、長い物には巻かれろといったスタンスでそれを抑圧している生徒が大半を占める教室。対してその中にいるエリックという生徒は、社会主義に命を捧げた亡き父を崇拝しているため体制には従順で、当然ながら他のクラスメイトとの間に軋轢が生まれます。しかしもし彼を周りの生徒が弾圧するならばそれこそ社会主義的で、まさにミイラ取りがミイラになるような皮肉な出来事です。クラスメイトが彼に対してどのような行動を取ったのかは伏せますが、まさにこのシニカルな構図こそが、教室という小さな社会も国家という大きな社会も本質的には同じなのだということを示唆しているようで、とても恐ろしく感じました。この様な善悪の境界の危うさは、首謀者を割り出そうと躍起になり生徒たちを尋問する校長が生徒にゲシュタポだと揶揄されて「ファシストと戦った我々に言う言葉か?」と怒り心頭で返したシーンにも如実に現れていて、昨今のウクライナ情勢ともオーバーラップするところがあり、強烈に印象に残りました。
なにやらネガティブなイメージの感想ばかりを書いてしまいましたが、難しく重い内容ながらも、一方で恋に友情にと、ポジティブな青春映画としての側面も強くあります。弱冠18歳の子供とも大人とも言えないような微妙な時期で、何が正しいのかわからないながらも、自らが正しいと思ったことを発言し、行動する。そんな彼らの姿に感動し、勇気をもらえる素晴らしい作品です。
悠