クシーくん

テッド・バンディのクシーくんのレビュー・感想・評価

テッド・バンディ(2019年製作の映画)
3.7
「シリアル・キラー」は彼を表すために造られた言葉らしい。現にいる悪魔、狂気の殺人鬼、極めて異常かつ極悪な犯歴にはおよそ似つかわしくない奇妙な魅力によって、存命の内から半ば伝説と化していた。本作は既存の映画のようにその伝説をドキュメンタリー形式で打ち砕くでもなく、或いは彼自身の心境を綴る訳でもましてやホラー的文脈で語られる訳でもない。バンディの恋人であったリズ・ケンダルの視点から追ったテッド・バンディという少し変わった趣向を取っている。

事実、本作はリズ・ケンダルことエリザベス・クレプファーの伝記を原作にしているのだが、どの程度までバンディの実像を、否クレプファー本人が客観視されているかは疑わしく感じる点も多々あれど、大筋の部分、殊に「バンディを愛していた」という事実だけは包み隠さず忠実に描いていると感じた。ただ、物語全体は関係者のプライバシーに最低限配慮しつつも、正確な事実に基づいた内容だったように思う。加害者家族(厳密に言えば家族ではないが)の苦悩を描いた作品は幾つかあるが、愛した人が連続殺人鬼、ここまではありがちな話(?)だが実録物とは珍しい。異常者と関係を持つことの不快感と絶望が切々と伝わる。ただリズが何を考えてるのか全く伝わってこず、真相が分かった後も彼女の言動はイマイチそぐわないというか、ピンと来なかった。これはリリー・コリンズのせいと言うよりは演出の問題だろう。法廷の茶番劇が丹念に描かれていたのは好感が持てた。原題の言葉をバンディに下すカワート裁判長を演じるのはジョン・マルコヴィッチ。流石に何をやらせてもそつない。

ザック・エフロンはバンディにそっくり...というと失礼だが、バンディは角度、表情などで顔の印象ががらりと変わる男なので、変幻自在に雰囲気を変えるエフロンはバンディに相応しい名演を難無くこなしていた。何考えてるか全然分からない感じが殺人鬼感出てた。しかしパピヨンに共感を抱くとは本当に嫌な奴だなあ。

実際の事件をテーマにしている事もあって作中目を覆いたくなるような犯罪行為が語られる中、いたずらに嗜虐的なシーンを盛り込んだりしない誠実な作りだったように思う。その分地味な出来栄えになってしまった感も否めないが。ラストの告白も別段衝撃は感じなかった。本作はそういうスリルを求める作品ではなく、身近にいる(いた)殺人鬼の言いしれようのない嫌悪感を表現する方に重点が置かれている。じめじめと、嫌な余韻の残る映画だった。
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