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彼らは生きていた/ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールドのsatoshiのレビュー・感想・評価

4.9
 『ロード・オブ・ザ・リング』3部作のピーター・ジャクソン監督によるドキュメンタリー作品。最初は「ドキュメンタリーかぁ」と思っていたのでそこまで鑑賞意欲が湧きませんでした。しかし、例によって巷の評判の良さ、そして緊急事態宣言が発令され、映画館が休館してしまった中、Youtubeで配信されていると知り、どうせならということで鑑賞した次第です。

 結論として、鑑賞して良かったと思いました。こんなものが出てきては、ほぼ全ての戦争映画は無意味になってしまうのではないかと思えました。それぐらいの衝撃を持った作品でした。

 本作は第一次世界大戦時のイギリス軍を追ったドキュメンタリーです。つまり、アカデミー賞を獲得した『1917 命を懸けた伝令』と同じ時期を描いた作品なのです。しかし、その内実は180度違うものです。『1917』は疑似的なワンシーン・ワンショットを行うためだけに全てが整えられた感のある作品で、どことなく人工的な感じがする作品でした。まぁそれが映画的っぽいといえばそうだったのですが。

 翻って、本作はドキュメンタリーであり、全てが「本物」なのです。なので、迫力や衝撃が段違いです。これは画面全体の影響があると思っていて、本作は第一次世界大戦時の映像を編集し、そこに兵士たちの証言を乗っけています。このフィルムの修復をしたというだけで既に凄まじいのですけど、本作はそれに加えて、コマ数を増やして、毎秒24コマ、つまり、我々が観ている映画と同じコマ数にして、更に着色を加え、視覚的な違和感を無くしているのです。これによって、どこか遠い時代の話だった第一次世界大戦の出来事が、私たちの世界と地続きで、しかもそこに映っている人たちが我々と変わらない人間だったのだ、と強く印象付けられてしまいます。この点は、『この世界の片隅に』っぽい。

 また、兵士たちの生の証言も素晴らしかったです。そこにあったのは、「戦争に行かないのは男じゃない」というマチズモ的思考。そういう思考に導かれ、戦争に行った結果待っていたのは地獄。というのはこの手の作品にはお約束ですけど、本作はそれだけではなく、戦闘以外の日常もきちんと語られている点。そしてそれが不衛生極まりない。これだけで戦場になど行きたくないです。それ以外にも、娼婦の方に変態プレイをしてもらったり紅茶飲んだり訓練風景が牧歌的だったりと、良い意味で私の戦場に対する意識が変わる内容でした。

 ただ、戦闘が始まると一転、映画でよく観る光景が繰り広げられます。しかし、映画と違うのは、これら全てが「本物」である点。ミサイルの爆撃も、地雷の爆発も、映される死体も、聞こえてくる音も、全てが本物です。戦闘のシーンはもちろん映像は無いので、イラストとナレーションで語られているのですが、それでもそこにあった狂気は伝わってきます。しかもこれ、前半で兵士たちの人間臭いところを描いた後にやっているので、かなりキツイ。我々が多少なりとも知っている「本物の人間」が死んでいっているのですから。これはフィクションでは絶対にできない領域です。

 兵士たちと共に戦場を追体験し、祖国に帰ってきた彼らですが、そこで待っていたのは就職難であり、日常的な生活でした。そこでの台詞が本当に印象的。戦争は、兵士以外には全く意味が無いことなのだと突き付けられた気がしました。と同時に、彼らが死ななければならなかった理由は何なんだろうか、と思い、全身の力が抜けた気分になりましたよ。このラストの台詞含め、凄まじい映画でした。
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