しゆ

日常対話のしゆのレビュー・感想・評価

日常対話(2016年製作の映画)
5.0
ものすごくよかった。まさか泣くと思わなかった。

監督(娘)が母のことを「料理のことしか知らない、なにも語ってくれないから」と、撮影を通して理解を試みていく本作では、母が生きてきた女性差別的な時代・なんとか命や尊厳を守るために女性たちが築いた連帯・今まで語られてこなかった台湾レズビアンのコミュニティとその自由さなどなどが描かれる。

非常に語るべき点を多くもつ作品だけれど、わたしはなにより監督のお母さんのプレイガールっぷりに惹かれた。
今まで数えられないくらい女性と交際してきて、断られた経験はゼロ(!!)。「アヌ(監督の母)はやさしさの度合いがちかう。特にベッドでは」と交際者の女性からうれしげに語られる。
おそるべき実力だと思ってしまった(笑)

なぜアヌのやさしさがそんなにも彼女たちに響くのかといえば、アヌの周囲の女性たちの多くが選択肢もないうちに周囲の決定で結婚させられ、夫の暴力や抑圧から逃れてきた過去があるから。
ゆえにそうした女性同士の連帯には、レズビアンのみならず異性愛者の女性も含まれる。

そして映画が明らかにするアヌ自身の過去にも、やはり男性からの虐待の経験がある。

そうした、アヌが生きてきた過酷な現実を踏まえながらも、やはりレズビアン女性を取り巻く悲劇は本人のみならず、その娘も巻き込んでいく。
アヌは、母として決して完璧ではなく、世間的にはむしろ後ろ指をさされるような人物であろうと容易に想像できる。
それでも、「ゆるせない」と思っても、監督の中に残った母への感情がどんなものであったのかは、同様に母親に対する屈折した感情を抱いてきたわたし自身にも、痛いほど想像できた。

アフタートークで登壇されていた明治大学の鈴木教授のコメントが非常にわかりやすく印象に残ったのだけど、
「台湾はここ20年くらいで、性的マイノリティが自らを語る”言語”を獲得してきた。しかし台湾で獲得されつつあるそれは台湾語ではなく中国語で、監督のお母様は、そうした変化する中国語の世界から排除されてきた存在」
だと。

確かに今までプライドも持てなかった、語ることを「恥」だと感じてきたレズビアンのような、“言語化”される以前の性的マイノリティの存在がどのようであったのかを活写している本作は、資料的価値もものすごいものがある。
そして鈴木教授が「台湾は(政府が本作への資金支援をしていることからも分かるように)急速に変化しているが、日本に関しては同性婚も選択的夫婦別姓すら実現せず、危機感を覚える」とも仰っていて、わたしも完全に同意だと感じた。
しゆ

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