日常対話の作品情報・感想・評価

日常対話2016年製作の映画)

日常對話/Small Talk

上映日:2021年07月31日

製作国:

上映時間:88分

3.9

「日常対話」に投稿された感想・評価

chico

chicoの感想・評価

3.0
親子と言えども所詮他人同士。分かり合うなんて無理じゃね?って思ってたけど、ゆっくり時間をかけた丁寧な対話から心地よく変わっていく親子関係、愛が流れてたなあ。

お母さん思ったよりもだいぶクレイジー笑 昔の彼女達のインタビューおもろ。
要

要の感想・評価

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正直もっと個人的な記録フィルムかと思ってた。レズビアンの母とその娘の微妙な関係を描写する…と言えばもちろんそうなのだけど、ふたりの対話を通してじわじわ炙り出されてくるのはもっと普遍的な、人間社会が内包する諸問題なのだった。
文化の中に根ざしている女性蔑視、マイノリティに向けられる冷ややかな目線、DV、性虐待、職業蔑視、児童労働まで。
他人事ではないというか、この悲しみには社会が関与しており、その社会ってつまり先祖たちだったり私達一人ひとりのことなんだよね…と気づくというか。

台湾の家庭料理いいね。この作品、対話という部分に日常の食事風景を絡めてあるのが印象的。日々の食事にも使っているダイニングテーブルを挟んで、娘が母に涙ながらに訴える対話シーンではもらい泣いたけど、お母さんの後ろにグリーンの大同電鍋がしっかり鎮座しているのが気になってしかたなかった…(欲しいからです)
今度台湾行ったら、私房家常菜店みたいなとこで食べてみたい。

姪っ子や孫ちゃんの存在が希望の萌芽を感じさせて救いがあった。
お母さんが、どうせ理解されないことだと長年口を閉ざしてきたことがご飯のときの「日常対話」になる日が来るといいですね。

親子というのはつくづく不思議な関係だなと思った。子を産んだら誰もに母性が芽生えるというわけでもないし、1人の人として相性もあるだろうに、やはり親からは愛されていると感じていたいし、わかりあえないと分かった後でもなかなか諦めることができない。娘さんのそういうエネルギーから生まれた作品であることは間違いない。

失われゆく台湾土着の葬送文化「牽亡歌陣」について知る機会ともなった。死者の魂を召喚し、苦しみから解放して極楽浄土に導く儀式を行う葬式陣頭。それを率いる母と幼い頃から一緒に働いてきた娘。人の死で商うこの職業もまた、蔑まれているものらしい。

・台湾歌劇も気になった
・台湾のお墓始めてみた
・黄色い冥銭をお焚き上げ。香港とか台湾てめちゃくちゃ色んなもの焚きあげるイメージ。
同じ家に暮らしながらも、まるで他人ように心の距離が離れている母親に対し、娘が“問い”を投げかけられるようになるまでの長い年月が凝縮されたセルフドキュメンタリー。物事の“語る順番”に工夫があるが、それをこれ見よがしにしない語り口に好感を抱く。

上映が進んでいくにつれ、「これは食事シーンを大事に扱っている映画だな」と思うようになった。序盤から料理を含めた食事シーンが出てくるし、母親の親戚宅では親戚のみんなで食卓を囲むシーンが映るし、クライマックスでも食材購入、料理、食事の一連の流れが収められているからだ。

“対話”という腰を据えたコミュニケーションが描かれる一方で、“食事”という「人と人のコミュニケーション」を描くことを映画の中に意識的に取り入れているように見受けられた。オンライントーク後にあった質問コーナーで監督にその点を訊いてみたところ、思った通りの返答を頂いた。

人生にまつわる重大な“対話”が行われるテーブルは、日々の暮らしで“食事”が行われるのと同じテーブルでもある。異なるようにも見えるけれど、どこか地続きなコミュニケーションの形をひとつの場所で見せる。その手法に感心した。

長い道のりを経てようやく繰り出せた“問い”に対して出された“答え”。そんなクライマックスを迎える本作は、最後の最後で軽やかで混じり気のないシンプルな“問い”と“答え”で締め括られる。この眩しさ、鮮やかさをぜひとも多くの人に味わって欲しい。
ironsand

ironsandの感想・評価

3.5

このレビューはネタバレを含みます

昔見たBSの放送番組の映画版だしな…とあまり気乗りせずに観に行ったのが申し訳なくなるほど、物凄い熱量のものを見させてもらった。と同時に、制作側の暴力性というのもあらためて感じたドキュメンタリー映画だった。人に優しくならなければ。

沈黙も、大事なコミュニケーションの一部です〜『日常対話』ホアン・フイチェン監督インタビュー
webneo.org/archives/49742
共に暮らす母を他人のように感じる理由。母が同性愛者であること。父との関係。
日常空間にカメラを持ち込み、撮影をすることで、これまで避け続けられてきた母と娘の対話が始まる。

娘(監督)と対話者とのやりとりはやがて一家族の問題を超えて、LGBTQ、家父長制、虐待、恥の観念、など社会全体が抱える問題を浮き上がらせる。ただしそうした社会的な視座を持ちつつも、いま何かを抱えながら生きている彼女たちが明日以降共に暮らしていくためのパーソナルな実践としてまとめられている点がよかった。
カメラを向ける、撮るということはこうも強く自分の意思を伝える手段になる。自分を再確認する手段になる。

ホウシャオシェンが製作指揮に入ってることもあってかセルフドキュメンタリーにも関わらず圧倒的に丁寧で構成もよかった。
2018年の東京ドキュメンタリー映画祭で拝見してとても興味深かった『西索米『シソミ)人の最期に付き添う女たち』の葬祭演芸集団(不適切表現だったらごめんなさい)に再会できるとは!

個人的にはそこがこの映画の最大の収穫でした。『西索米』で描かれていたように撮り手の母と娘たちのその「芸」も拙さ満載で、しみじみ良かったです。

セルフドキュメンタリーとしての出来栄えはいかがなものか。母子の会話=対話を撮るために、自ずと他者がカメラを持つシーンも多く(エンドロールにも複数の撮影者がクレジットされています)彼らと撮り手のベクトルが必ずしも一致してなくて、少し違和を感じました。

あと、出だしは結構寝ました。
セルフドキュメンタリーの真髄。

他者にカメラを向けることで己を知る。母に避けられているとずっと思って生きてきた娘が、自身も子どもを設けたことにより母にカメラを向ける。母はレズビアン。娘にとって"知ってはいたけど知らなかったこと"が、映画制作の過程でどんどん浮き上がってくる。逃げない監督の姿勢に胸を打たれた。こんな境遇だったら(そうでなくても)自分の出生のことを知りたいよな、それでも面と向かって母親と対峙するってキツいって。監督の母はこの映画における"名優"だな。(『血筋』の強烈オトンとマッチアップさせたい)
猫

猫の感想・評価

3.8
台湾発の母娘ドキュメンタリー。
2年前にアジアで初めて同姓婚が法制化された台湾。お父さん?と思った人は監督の母。すぐ明かされるが母はレズビアン。なのに結婚して子どもを二人もうけ、DV夫から逃れた人。
ずっと避けられてきたと思った娘、きっと嫌われてるに違いない、と思う母親。
カメラを持つことで、
聞けなかったことを聞き、言えなかったことを言えるように。

大小の差はあれ何処の母と娘にも
ある“確執”のようなものが在ると思う。
映画を観て私も母を思い出した。
亡くなってから母の側面を知った、そう言えば枕元には「夜明け前」が
いつも「婦人公論」を買っていたな。
生きてたらもっと世間について話が出来たかも?でも、もしかしたら何処までいっても母と娘だから話せないかも?

監督のお母さんは凛として、やや強者だった。自ら
一人で生きていくと決めた人なんだろう。
途中睡魔が襲い、少し見逃したのでリピートしたいな。
土田

土田の感想・評価

3.8
監督のプロフィールをみて、なるほどhttp://www.uedaeigeki.com/news/9298/
誠実な人なんですね
台湾巨匠傑作選2021にて鑑賞。小さな娘を育てる監督と、レズビアンである母とのドキュメンタリー。

母からの愛情を確信できないでいる女性って、自分が出産して母親になるとより深い疑惑や恨みが出てくるように思う。こんなに可愛いのになぜ?という気持ちが心を苦しめる。一生苦しい気がする。それでも正直に、取り繕うことなく当時のことを娘に話すお母さんって度胸のある人だなと思った。お母さんもきっと辛いもんね。

うちの人は、昔の記憶を都合よく書き換えて無にするタイプだから話そうとも思わないわ…。

台湾ドラマや台湾映画によくある、母娘がキーキーとヒステリックに罵り合うようなことがあったら嫌だな…と思っていたけど、全くなかった。2人とも終始静かに落ち着いていて見やすかった。
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