ケロルドユースケ

新聞記者のケロルドユースケのネタバレレビュー・内容・結末

新聞記者(2019年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

【言いたいことはわかるけど、申し訳ないけど、あまりに稚拙】

 各省庁の出向者を中心に成立している内閣府、そこには、政権に対する批判的な報道に対して、情報操作により政権を守る内閣情報調査室があった。彼らの存在意義は「国民のため、安定した政権を維持する」こと。

 国民生活を守るため、安定した政権を維持するためには、時には政権のスキャンダルを隠蔽する必要もある。この国の民主主義は形だけあれば良い。そんな思想の機関が内閣の直下にある。その実態を描く正義の新聞記者がいた。彼女は泥臭い調査の末に、内閣府の不正に気づくが、さまざまな圧力をかけられてしまう。しかし、そんな折、外務省から内閣調査室に出向し、自分の仕事に疑問を抱く一人の官僚と出会う。彼は、尊敬する上司が本意でない認可の決裁を行ってしまったことの罪の意識から自殺したという知らせをうけ、自分の仕事の意義を信じられなくなる。
彼女と彼は、共に政府の陰謀を暴くために共闘する。


という話。


言いたいことはよくわかる。
物語の下敷きに加計学園があることも見ればすぐにわかる。歴代最長政権である安倍政権が”そういうこと”をしているというのもあり得る推測だと思うしそれなりに説得力がある。
国民はもっと政権に対して厳しい目を向けるべきだし、メディアはその代表としての役割を果たすべきだ。


しかしこの映画はダメだ。
何がダメかというと、脚本と演出だ。

先に言っておくと、役者の芝居は最高だ。
主演の松坂桃李とシム・ウンギョンの演技は静かながら鬼気迫るものがある。本作の最もヘイトが集まるであろう役所を演じた田中哲司もとても良い仕事をした。その点だけでもこの作品が日本アカデミー賞をはじめ数々の受賞をしたことは納得だ

だからこそ、この作品の脚本と演出はダメだと言いたい。

脚本の何がダメかを示す。
完全なるネタバレだが、内閣府を主導に強引に押し進められた大学の設立があった。その運営を委託される企業は総理のお友達企業らしい。膨大な税金が総理のお友達に流れる。それは許されざることだ。そして、きっと現実で起きてきたことなのだろう。
しかし、この映画の終盤、これに対してとんでもない追加情報が出る。

それは、その大学が、軍事転用可能な生物兵器の開発を目的とした機関だったという事実だ。

これはダメだ。あまりに陳腐すぎる。
この瞬間この映画ははっきりフィクションに、ファンタジーになってしまった。
もしかしたら、本当に事情に詳しい有識者には納得がいくのかも知れない。
それでも、これはあまりに突飛すぎる。
確かに自民党は憲法改正派だが、その動機が、軍国主義の復興と、戦争を起こしたいというのは、申し訳ないが一部の層の人たちの詭弁ではないかと思う。
だから実際大衆の多くはそこに関心を払っていない。それは事実だ。

かなりセンシティブな話題なので言葉に気をつけなければならないが、この映画はそこをあまりに軽々しく表現しすぎだ。
「権力者は戦争を可能にする生物兵器を開発している」
ハリウッドの大衆B級映画で嫌というほど擦られてきた真相だ。
これによってこの映画は恐ろしくチープになっている。

この映画の制作者は、この映画を見た人が何を感じると思ったのだろう。
「加計学園の事件の裏にはこんな陰謀が隠されていたのか!やっぱり自民党は軍国主義で戦争を起こしたい極右政党なんだ!」
と思うと思ったのだろうか?

それはあまりに鑑賞者を馬鹿にしている。

モラルと知識がある人がこの映画を見て思うことは、これはファンタジーなんだということだと思う。
仮に与党が軍国主義を推進したいとして、今のご時世にこんな形でそれを書類に残すはずがないだろう。
こんなレベルの低い漏洩は起きないのだ。

時の権力者がお友達に利益誘導した、の方がよっぽどリアルだ。
なぜそこに終始しなかったのか。

穿った見方をするならば、この映画は、この映画を見て「自民党は軍国主義だ!」と大騒ぎする思慮の足りない一部の人々を嘲笑おうとする与党のプロパガンダとすら見れる(かなりひねくれた視点だが)。

こんなバカな映画を作ってしまうほど、反政権派はバカなのだと。

同じ理由で、もう一つのどうしようもないポイントに、演出がある。

主人公の男が所属する内閣情報調査室だが、その描写は笑ってしまう。
「そんなところで仕事して、目悪くなりません?」と思わず突っ込みたくなるほどその執務室は薄暗く、責任者はいかにも”私悪役です”と言わんばかりのわざとらしい演技をする。極め付けにはその責任者は誰もいない部屋で「この国の民主主義は、形だけで良いんだ」などと言う。

バカか。

もし本当に「安定した政権を維持する」ことを目的に、それを徹底的に守るためにあらゆる手を尽くす悪役なら、絶対にそんなことは言わない。本物の悪党はその大義名分を、自分は良いことをしていると、自分に信じ込ませるはずだから。

悪役の描写があまりに浅すぎる。
ついでに悪の総本山に忍び込み証拠を探すシーンは、それまでのシーンから打って変わって急にさらにチープなサスペンステレビドラマになってしまっていた。これも残念。

ただ淡々と事実だけを描けばよかった。
ドキュメンタリー方式で加計学園の騒動の中で起きたことを描けば、それだけで見た人には必ず伝わったはずだ。

それをまあ。余計な主張(妄想?)を脚本に加え、半端にエンタメ性を求めた演出をしたせいで、結局はチープなB級政治サスペンスになってしまった。

もしかして、本当はこんなことにならないもっと直接的な映画だったのが、政府の圧力によってバカ映画にされてしまったのか!?
なんてことだ!この国には表現の自由も許されないのか!そのためには政府はこんなこともするのか!

…なんてことまで想像してしまう。あまりに悲しくて。