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ギレルモ・デル・トロのピノッキオのRenのレビュー・感想・評価

4.5
圧巻の傑作だと思った。原作未読なのでどこまでが監督の功績なのかは完璧に把握できないけど、ギョッとするような衝撃的な描写こそ無くても間違いなくデルトロの映画。Netflix加入者の必須科目になるべき一作。

ピノキオ映画で最も有名なディズニー版(そしておそらく原作)の要素を十分に残しながら、そのイメージを覆そうと(払拭しようと)する試みが成功していた。戦時下のイタリアを舞台にした必然性が多分にある。
想像していたより強烈に、今作は「死と喪失・人間であること」の映画であり「反戦・反ファシズム」の映画。

第一に、ピノキオの "モノ性" を全面に押し出したことが素晴らしい。全身に木目があり、歩くときには木材らしくカタカタと音を立てる。褒めるときに何かを引き合いに出して下げることはしたくないけど、アニメ版のデザインをそっくりそのまま踏襲してCGで再現したゼメキス版『ピノキオ』よりも今作のアプローチのほうが納得度は高かった。

モノであるピノキオが命を与えられて人間となることを幸せと位置づけてハッピーエンドとするディズニー版はそれはそれで良い。けれど今作はそこにさらに一歩踏み込んで、人間として生きるとはどういうことかを考えている。もっと言えば、「人間って本当にそんな尊いのかよ」という問いによってディズニー版の補足と言える作品になっていたように思えた。
定義上永遠に生きられるモノであるピノキオの目線から、人間の有限性を照射する。いつか死ぬからこその刹那的な美しさに行き着くメッセージはありきたりではあるけど、それを納得させられるだけの強度がある。いつか死ぬ故の絶望や喪失が同じくらい(もしくはそれ以上に)色濃く押し出されるので、人間讃歌としてフェアだと思った。
序盤、息子を戦争で失くしたゼペットの描かれ方には息を飲む。喪失の虜になってしまった彼は悪魔と化し、ディズニー版ではあんなに温かみのあったピノキオ誕生の瞬間も今作に関してはマッドサイエンティストがモンスターを生み出すときのそれとして描写される。ここで分かるように、ピノキオの "モノ性" は亡くなった人間の息子の身代わりという宿命の残酷さも背負っているのだ。

もう一つの軸である反ファシズム的思想の溶け込ませ方も抜かり無い。ゼペットとピノキオはある意味で主従関係にあるけど、似た関係にあるキャラクターがあと2組登場する。劇中で「糸の無い操り人形」なるワードも登場するが、この映画は操り人形が糸を断ち切る話でもある。ピノキオは支配への抵抗の象徴を背負ったキャラクターであり、ピノキオがなぜ操り人形である必要があるのかが今作でストンと腑に落ちた。
ディズニー版で多くの観客にトラウマを植え付けたプレジャーアイランドの存在をごっそり削ったのが英断。その代わりに子どもたちがどこに連れて行かれるのかが、戦争の何たるかを一切モチーフなど使わずに生々しく体感させてくれる。

監督の過去の代表作『パンズ・ラビリンス』や『シェイプ・オブ・ウォーター』も戦争(冷戦)とおとぎ話の映画だったけど、その延長線上にあるのがこの『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』だった。前2作ではおとぎ話の要素が現実からの逃避として使われていた部分が大きかったが、今作は全体をおとぎ話としてパッケージしている。

その他、
○ アニメは文句無しに素晴らしい。けれど個人の好みとしてCGはもっと控えめでも良かった。滑らかに動く一流のストップモーションアニメはただでさえCGアニメーションに隣接するので、そこの差別化をもっと欲してしまう。これは自分がライカの映画にあまりハマれない大きな理由でもある。
○ 見世物小屋の雰囲気に前作『ナイトメア・アリー』の手腕が発揮されていた。
○ デルトロの怪獣フェチは終盤に遺憾無く発揮。内臓の内壁のザラザラデコボコしたキモさ、胃液混じりの水の汚さなど流石だった。噴気孔の感じがグロい。
○ 映画として、反戦を結論とするのではなく人間讃歌として閉じるのがおとぎ話としての覚悟を感じた。
○ ディズニー版の「正直に生きなさい」というメッセージから「正直に」の要素を薄めて「生きなさい」の要素を濃くしているように感じた。嘘を肯定する場面がある。
○ もはや著名な監督は全員ピノキオを撮ってほしい。
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