umisodachi

クーリエ:最高機密の運び屋のumisodachiのレビュー・感想・評価

4.4
米ソ対立の陰で、核戦争を回避しようと2人の男を描く実話。

1962年。フルシチョフが米国に対して強硬姿勢を強める中、GRUの高官ペンコフスキーは世界の危機を感じて秘密裏にアメリカと接触を図る。CIAはMI6に協力を要請。彼らはロシアとの情報の橋渡し役として、政府や諜報機関と一切関りがないイギリス人セールスマン、グレヴィルに白羽の矢を立てる。突飛な申し出に断ろうとするグレヴィルだったが、結局は任務を請け負うことに。ロシアに何度も渡るうち、ペンコフスキーとの友情を深めていき……。

非常に良かった。『裏切りのサーカス』のような英国スパイものの重厚かつオシャレな雰囲気、『工作 黒金星と呼ばれた男』に通じる両者間の熱い友情(実際のところ、『工作』にインスパイアされた部分は大きいんじゃないのかしら?と思うほど)、『ザ・モーリタニアン』を思い出す過酷な試練。"実話スパイもの"という言葉では表現しきれないほど多くの要素が盛り込まれた意欲作だと思う。

セールスマンらしい陽気さと、良き家庭人としての人の好さ、それでいて1のヒントから100のことを理解できる聡明さを持ち合わせたグレヴィルは、カンバーバッチの当たり役。いたずらっぽい微笑みも、駆け引きをしても決して邪悪さが見えてこない誠実さも、信念のためにすべてを耐える強さも、溢れ出る愛情も、これ以上ないほど見事に表現していた。さらに終盤の体当たりの演技にいたっては、心配になるほど真に迫っていた(9キロ以上減量したらしい)。対するペンコフスキーを演じたメラーブ・ニニッゼも、思慮深さと優しさが滲み出た渋みのある落ち着いた演技で応戦。

無駄がないながらもジョークを交えた軽快な台詞、反対に言葉を使わずに意味を滲ませたさりげない演出……ロシアとイギリス、スパイ活動と家庭など頻繁に場面が変わるにも関わらずまったく混乱させない緩急ついた構成が素晴らしい。知らないうちに映画全体のトーンは緊迫していき、一気にクライマックスへと進行する。クライマックスシーンに用意された2つの会話はどちらも圧倒的な吸引力で、自然と涙が溢れてきてしまった。

女性陣の演技も素晴らしく、実力派でキャスティング固めました!という隙のなさ。全員が極上のパフォーマンスを発揮しているが、上手いので全然やりすぎていない。抑制された余裕のある演技があるからこそ、ググっと凝縮されたダイナミックなドラマが光る。ロシアらしくバレエの演目(白鳥の湖)を利用した心情表現もさりげない。最初は消極的だったグレヴィルが、ペンコフスキーとの絆を深めていくことでどんどん思い入れを強めていく様子とうまくリンクしていた。

歴史の波の中には、グレヴィルのような人物がまだまだ大勢いるのだろう。彼らを見つけた誰かが、また本作のような傑作を生みだしてくれるのを期待したい。
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