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クーリエ:最高機密の運び屋のichirotakedaのレビュー・感想・評価

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ふたりの中年男は、妙にウマが合う。オレグの集めた極秘情報をグレヴィルが英国へ持ち帰る。それが彼らに課された任務だが、スパイとて四六時中ぴりぴりしているわけではない。

彼らは酒席で談笑する。ロシアバレエに酔ったグレヴィルは、訪英したオレグに〈サウンド・オブ・ミュージック〉の舞台を見せ、酒場でツイストを踊る。

そんな時代色が、立体的に再現される。服や家具や車や酒の飲み方など、細部の描写が充実している。主演ふたりも陰翳(いんえい)のある芝居を見せる。おとなしさと奇矯さを併せ持つカンバーバッチの魅力もさることながら、ニニッゼの硬質な芝居がしばしば強く光る。

ただし、コミカルな側面は覗(のぞ)かせない。映画の底で不穏にうごめきつづけるのはKGBの陰険な体質だ。監視には背筋が凍る。謀略や拷問は非情を極める。

そんな恐ろしい場面と、温風がほんの一瞬流れ込むような場面が、同じ布にムラなく織り込まれる。『クーリエ:最高機密の運び屋』の魅力は、ヒーローが出てこないことだ。一方、実録風映画にありがちな似非(えせ)リアリズムも丁寧に回避されている。「グッド・アマチュア」という台詞がリアルなのはそのためだ。