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ズカルスキーの苦悩のblacknessfallのレビュー・感想・評価

ズカルスキーの苦悩(2018年製作の映画)
3.5
ズカルスキーに反応する人でアカデミックな美術の素養がない人は自分と同じように秋田昌美さんの名著『スカムカルチャー』を読んでその名を知ったと思う。
アンダーグラウンドなロー・ブロウ・カルチャーを網羅した本に載ってるわけだから、ズカルスキーはロー・ブロウ・アートの文脈で語られる存在で実際、彼の作品に魅了された人達はそういうカルチャーの愛好者が大半だと思う。

しかし、ズカルスキー自身は正統派のアート界でほんの一時期とは言え確固たる名声と地位を築いた男。事実、彼の作った彫刻、イラストはハイカルチャーのアート界の評論家達から絶賛された。

19世紀末にポーランドで生まれたズカルスキーはローティーンの頃に父とアメリカに移住、天才だったので若くして彫刻家としてアート界で頭角を現す。
1930年代に現存する最高峰の彫刻家とポーランド政府に讃えられ、ポーランドに専用の美術館とアトリエを建設される栄誉を受ける。
ポーランド人であることに強烈な自負持つズカルスキーは喜び、作品の全てとともにポーランドに移住。栄光の日々を送るがナチのポーランド侵略によって作品のほとんどが失われ命からがらアメリカに帰国する。

以後、忘れられた芸術家として無為の日々を過ごしていたが、60年代アメリカ西海岸のロー・ブロウ・アーティスト達の間に彼のスケッチ集が広く見られ、その図抜けた芸術性を評価され"再発見"される。

ズカルスキーの作品は正統派のヨーロッパ彫刻をベースにしてるものの、その異様な緻密さ、ペイガンニズムを感じる異端な造詣、そして当時隆盛を極めたサイケデリックにもシンクロする前衛を内包していた。

そんなわけなんでズカルスキーを発見しコンタクトを取ったロー・ブロウ・アーティスト達の目線からズカルスキーを描いたこのドキュメンタリーはズカルスキーを時代に翻弄された悲運の芸術家というふうに描いている。実際、それは嘘ではないけど、ズカルスキーが晩年、一部とは言え熱狂的評価を受けたにも関わらずアート・シーンに浮上することができなかったのはズカルスキー自身に大きな原因がある。
それは何か?

それはズカルスキーが唱えた世にも奇妙な歴史観"ザーマティズム"にある。
ズカルスキーによると、ノアの洪水の前に超古代の人類は大洪水に遭っており、その時生き残った人類がスイスのザーマットに今のポーランドの基礎となる国を作る。世界はポーランド人の祖先から始まり、平和な世界を築いたが類人猿と交配した邪悪の種族のためにこの世界は現在のように悪徳が蔓延る腐敗にした世界になった。その悪の種族の末裔はドイツ人とロシア人である。と、、
要するに世界各地にいる優生思想のトンデモさんになっちゃったんだよね笑
日本でもあるよね、世界は日本から始まったみたいなやつ、"竹内文書"とか、あの類いのもの。

このザーマティズムを証明するために世界各地の民話や神話、言語を分析して恣意的にザーマティズムと結び付ける書籍を実に50冊以上著す。卓越した芸術家だから、その類人猿の交配した悪の種族の身体的特徴や顔相なんかをアート性の高いイラストや彫刻にしてる。単にイラストや彫刻としてはおもしろいけど、あまりに差別的な思想があるため、世に広く問えるものではない。

この差別的思想を知り、彼をケアしてたアーティスト達も狼狽える。それでも付き合う人もいれば、ガッカリして離れる人も。
で、このドキュメンタリー、愛情があると思ったのはザーマティズムに関してはあまり詳しく語ってないとこ。『スカムカルチャー』の方が詳しく取り上げている。スルーしたいけど、触れないわけにはいかないというアーティスト達の苦悩が見える。
ズカルスキーの核はザーマティズムにある、無視はできない。

そう、これさえなければサイケデリック・アンダーグラウンド・カルチャーの先達として、ロー・ブロウ・アーティスト達のフックもありズカルスキーは復活できたと思う。ズカルスキーを発見したアーティスト達はそれを望み彼に接触したわけだし。

何故こんな奇妙キテレツで差別的な世界体系説を唱えるようになったかは本人じゃないとわからないけど(ズカルスキーは差別的だという認識もなかった!"真理"だからw)、思うに、自分の作品を破壊し故国を蹂躙したナチと同じように国家を共産化し引き裂き悪名高いカティンの森の大虐殺を行ったロシヤへの憎しみと生来の愛国心が歪んだ形で融合し噴出したんじゃないかと思う。
そういう意味では時代に翻弄された悲運の芸術家なんだと思う。

ズカルスキーの負のメッセージは彼の死後、醜悪な形で愛した祖国に届くことになる。
2016年、ズカルスキーの意匠をシンボルマークにしたポーランド至上主義の極右団体が現れる。ズカルスキーが彼等をどう思うか聞いてみたい。

「自分が好きなものか嫌いなものだけを表現しろ、自分のためだけに」「芸術は自分の確信のプロパガンダでなければならない」
奇妙キテレツで唾棄すべき差別的な発言の合間に出てくる芸術論が至極真っ当で鋭いだけに、何ともやるせない気持ちになった。
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