垂直落下式サミング

実録 私設銀座警察の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

実録 私設銀座警察(1973年製作の映画)
5.0
太平洋戦争終結直後、戦場で命を拾って本土に帰って来た渡瀬恒彦が、娼婦に身を落とした恋人と黒人米兵の情事をみてしまうところから物語ははじまる。
彼は、彼女の傍らに、黒人とのあいだにできたと思われる混血の赤ん坊をみつける。怒りに震える渡瀬、その赤ん坊を掴んだかと思うと、地面に放り投げる。鳴き声をあげない赤ん坊。あまりのことに驚愕し、泣き叫んで子供のもとに駆け寄ろうとする女を張り倒し、首を締め上げて石で脳天をカチ割る。
これがオープニング。言っておくが、映画後半の壮絶さと比べると、これはまだやさしいほうだ。
いきなりどうかしている倫理観をみせつけるこの過激な映画は、ストーリーが進んでゆくと、いっそう描写の残虐さを増して、人の良心を信じる観客の「こうはならないでほしい」という願いを完膚なきまでに踏みにじっていく。段違いの不道徳さで胸焼けをおこしそうになる逸品である。暴力のインフレーションが、ある一点に到達したとき、映画に力ずくで捩じ伏せられたような気がした。
一時間半ほどの上映時間のほぼすべてが、怒号と悲鳴と暴力に彩られた鮮烈野蛮なバイオレンス映画だが、かといってやくざ稼業を賛礼する過激さだけが売りではない。
戦争によって人生の希望を失った者たちの行き場のない怒りを一手に引き受け、時代の淀みの底の底の真っ黒な絶望が乗り移ったかのように、目に映るものすべてを憎む渡瀬恒彦。
一見するとただただ下劣な人間に見えるも、皆と同じ敗戦による不信を心に抱えるからこそ、義務感に駆られるかのように積極的に人の道を踏み外そうとする梅宮辰夫。
そして、戦後日本が掲げた大きな理想と、その美名のもと許容してきた欺瞞を肯定し、その身をもって実際の歴史そのものに肉薄していく安藤昇。
特濃血液の通ったキャラクターたちが織り成す青春活劇ととらえることも可能。戦後の混沌のなかに今日的な暴力団組織を形成してゆく彼等は、まさに最悪の極道たちであるが、何故男たちは堕ちてゆくのか、そうなるしかなかった悪が悪足る必然がある。
本当に有害なものは、時代とともに機能を消耗させたりしない。半世紀経とうとする今でも手に終えない劇物である。