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赤い闇 スターリンの冷たい大地でのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

1933年、イギリス人ジャーナリストのガレス・ジョーンズは、世界恐慌の中でソビエト連邦だけが繁栄していることに疑問を持ち、その謎を解き明かすため、当局の監視をかいくぐってソビエト連邦に潜入、ウクライナで想像を絶する光景を目の当たりにする。

「太陽と月に背いて」で知られるポーランドのアグニェシュカ・ホランド監督が、スターリン体制のソ連の欺瞞にひとり立ち向かったジャーナリストの実話をもとにした歴史ドラマの佳作。

後半に判明する事実は、絶句するほどの衝撃。
学校の教科書では僅か数行のロシア革命後のソ連の政策、コルホーズ(集団農場)・ソフホーズ(国営農場)の裏側にこんな事実があったとは。
知らなかった事実に寒気が走った。
しかし、映画としてはロシア当局からの糾弾を恐れたのか?映像的に抑えた演出となっているのが残念。
だが、問題提起のある作品である。

本作で描かれる当時のソビエト連邦は今でいうところの北朝鮮のような体制にあったようで訪問することはできても行動範囲は制限されている。
モスクワに渡ったジョーンズは、ホテルの場所も滞在日数も指定され、常に自分の行動は政府の監視下に置かれていることに気がつく。

じわじわとした閉塞感の中、イギリス人ジャーナリストやエンジニアたちのパーティーにジョーンズは誘われる。
世界恐慌の最中だというのに、豪華な食事が出る上、裸の女たちを招いた乱行パーティー、果てはヘロインなど麻薬も登場する乱痴気騒ぎを目撃。

どう見てもあり得ない贅沢は、外国人たちを手なづけるためのソ連政府の餌だとジョーンズは疑う。
特にピューリッツァー賞受賞者のウォルター・デュランティを利用して、都合の良い情報を西側諸国に伝えさせることでソ連は国際社会からの体裁を保っているのだと。

まだインターネットなど存在しない時代ゆえ、新聞に記事を書くジャーナリストが世間に与える影響力は大きい。
悪意のあるジャーナリストがフェイクニュースが流してしまえば、記事を読んだ国は当然それを信じてしまう。

ウォルター・デュランティはまさにそんな悪徳ジャーナリストの一人。
ソビエト連邦は繁栄してるだの、飢餓はないだの、まるで楽園のように伝えていた。
彼はその見返りをソ連からたっぷり貰っていたのだろう。
この悪魔に魂を売ったウォルター役に、知的な雰囲気だが死んだような目を持つピーター・サースガードが妙にハマっている。

ジョーンズは自分の目でソ連の真の姿を見極めようとする。
監視を振り切り、飛び乗った列車には貧しい人々ばかりがいた。
ジョーンズが食べて捨てた果物の皮に群がる子どもたち。
ジョーンズが寒さに震えると、食べ物と交換にコートをやると男が名乗り出る。
そこには明らかに飢饉の実態があった。

スターリンの金脈という噂があるウクライナまで行ったはいいが、ジョーンズは至るところに飢えで行き倒れとなった死体が転がる現実を目撃。
道行く人々は全く感心を持っていない。
それが当たり前で飢饉の状況では自分で精一杯なのだ。

人だかりのある駅に行くと、飢えた人々が強制的に働かされており、人々に取材するとスパイだと叫ばれ、軍人に追われるジョーンズ。
人々は搾取され、他人を売ってでも食料が欲しいのだ。
飢餓が起こっているような状況で当然外国人が泊まるところなんてない。
極寒の地を彷徨うジョーンズ。
真実を伝える前に自分が死んでしまうかもしれないという後半はハラハラする。
生きて帰り、真実を伝えなければ全てが無駄になってしまう。

ある村で「食べるものはなく、寝る場所はない。私たちの隣人は正気を失ってしまった」と歌う子どもたちに絶句している隙に、鞄の中の食糧を全部奪われてしまうジョーンズ。

さらに歩き続け、子どもたちばかりがいる家に着くと、食事に肉が出てきた。
何処で手に入れたのかと聞くと「兄」だという。
最初は意味が分からなかったが、家の外を見てやっと事情が飲み込めた。
それは、彼らの亡くなった兄の人肉。
思わず食べたものを吐き出すジョーンズ。

見た目10歳にも満たない子どもたちが自分の家族である兄の死体の肉を食べていたのは、さすがに衝撃的。
ジョーンズのように吐き気に襲われた。
こんな幼い子が人としてのタブーを破ってしまうとは。
いや幼いからこそ、タブーを理解できずに人肉を食していたのかもしれない。

何とかイギリスに帰国したジョーンズは飢饉の惨状をマスコミに語るが、マスコミはウォルターの記事を信じており、ジョーンズは相手にされない。

ジョーンズは、ジョージ・オーウェルの名前で小説を書いている作家を紹介される。
彼から真実を書くべきだと後押しされたジョーンズは有力紙のオーナーに直訴し、記事を書く。

作家ジョージ・オーウェルの登場には驚いたが、代表作の「動物農場」や「1984年」はこの事実とソ連を元にしたのか?と思うと興味深い。
ジョーンズの記事が載った新聞は飛ぶように売れ、世界は真実を知ってゆく…。

エンドロールのテロップに出てくる「ホロドモール」なる鑑賞後にWikipediaで調べてみたら、ソ連が1929年から行なった農業集団化(コルホーズ)のシステムが原因の大飢饉のことだった。
ウクライナの農家の土地は没収され、農民は集団農場と国営農場に組み込まれ、収穫した穀物は政府に徴収され、外貨獲得の有効な手段として国外に輸出された。
つまり、政府に庶民が搾取されて飢えていたのだ。
飢饉によってウクライナでは国民の5人に1人が餓死し、正確な犠牲者数は記録されてないものの、330万人から数百万人もの国民が亡くなったと言われている。

ナチスドイツのホロコーストに匹敵する人災による大虐殺と言えるだろう。
2024現在、いまだに戦争を続けているロシアとウクライナに関連して、なぜ今まで「ホロドモール」を扱った報道に出会わなかったのだろう?
平和ボケの国に住んでいる自分はかなりの衝撃を受けた。
もしかしたらロシアとウクライナの戦争には本作で描かれる「ホロドモール」の因縁が起因しているのかもしれない。
同時に独裁国家の統制に対する問題提起がある。

だが、これら衝撃の事実は映画からは伝わりにくい。
贅沢なモスクワと貧しいウクライナの落差をつけるために意図的にウクライナのシーンでは白黒のような色味のない映像にしていることもあって、映像的に悲惨な状況が伝わりにくい。
大飢饉を伝えるなら、飢えた人間や動物が死体を食い散らかした血と骨が剥き出しの死体があって然るべき。
ホラー並みのグロ描写も必要なはずだが、肝心なところは見せてはいない。
事実とは違う「脚色」と思われたくないのか?ロシア当局からの糾弾を恐れたのか?

また、ガレス・ジョーンズ役のジェームズ・ノートンの演技にも個人的には不満がある。
終始「良い人」そうな微笑みを見せる育ちの良さそうな雰囲気を纏っていて、正直、あそこまで危険を冒しながらウクライナまでに行く行動力の源が伝わって来ない。
正義感だったのか?使命感だったのか?いずれにせよ熱い人物像でなければならないはず。
追われる立場となっても、目をひん剥いて逃げたり、あまりの空腹にやつれたりという焦燥感や悲壮感が感じられなかった。
前半の恋愛描写なども蛇足に感じられる。

その辺は女性監督だからと言っては失礼かもしれないが、事実に匹敵するほどの演出に乏しく、ソフトな印象を受けるのは確かだろう。
だが、邦題通りに「歴史の闇」を教えてくれたことに感謝したい。
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