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ラストナイト・イン・ソーホーのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.2
 少女は未来に夢を馳せ、田舎から遠く離れたロンドンに降り立つ。過保護なおばあちゃんはそんな孫娘の未来を案じるが、彼女は一点の曇りもない晴れやかな表情でおばあちゃんをひとまず安心させるのだ。だが年齢を重ねた彼女の嫌な予感は大方的中する。今作はロンドン・ソーホー地区の専門学校に入学したファッションデザイナー志望の女性の成長物語なのだが、そこに変わり種を一癖も二癖も加える。幼い頃に母を失ったエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は母の青春時代に思いを馳せ、60年代の文化に被れた生活を送る。まさにスウィンギング・ロンドン華やかなりし頃の猥雑で煌びやかな世界の流行発信基地としてのロンドンを夢想する。21世紀の現在、あの頃の空気は跡形もないのだが、彼女の夢想の息つく先にはどんでもない淫夢が待ち構えるのだ。雨に濡れたロンドンの石畳、由緒正しき住宅の屋根裏部屋、そして少女を猥雑な夜へと誘い込むようなネオンライトの点滅が、友達も恋人もいない彼女の孤独な心理を無性に搔き立てる。

 ソーホーの街並みはいつの時代も少女たちの夢を呑み込む。映画は現代と60年代の境目が混濁し、エロイーズは合わせ鏡のようなサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)の闇へと深く没入する。全てはまどろみの中の出来事で、粗暴な出来事は被膜に包まれ、うっかり声を出すことも手を伸ばすことも出来ない。だがスター誕生を夢見る2人の無慈悲な夢はいつの日も大人たちの欲望にかき消され、踏みにじられる。一見してポランスキーの『反撥』や『テナント/恐怖を借りた男』あたりを想起するが、エドガーが敬愛するダリオ・アルジェントやマリオ・バーヴァの『モデル連続殺人!』の被虐すら感じる。青春には常に挫折が付き物で、時に誰よりも残酷に少年少女の心を切り裂く。エロイーズが覗き見た世界は、永遠に立ち寄ることの出来ない魔窟であり、母を失った彼女の埋めるべくもない心の欠損なのだ。2人の女性を筆頭に、今作を彩る役者たちの人選には映画オタクであるエドガー・ライトの個人的趣味が反映される。エロイーズを怪訝な表情で見つめる怪しげな男には『コレクター』や『テオレマ』のテレンス・スタンプ、そしてアパートの大家にはかつてジェームズ・ボンドが愛した運命の女ダイアン・リグが生前最期の名演を残す。

 得も言われぬフィルム・ノワールの匂いを残しながら、徐々にエドガー・ライト十八番のホラー描写で巧みに色を塗り替えてみせる。昼と夜、栄光と挫折、孤独と欲望を克明に反転させた光と闇の描写が、少女たちの瞳に映り込んで離れない。アメリカ映画でもフランス映画でも、はたまた韓国映画でもない。私は久々に陶酔するような混じりっけなしのイギリス映画を全身で味わった。あまりにも挑発的な映画だが、何より雰囲気の醸成の上手さと選曲やキャスティングの妙、そして真に中毒性のある映像美が我々の心を捉えて離さない。
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