このレビューはネタバレを含みます
けっこう好きだし色んな意味で楽しい映画でした! ただしホラーを怖がるというよりは、なるほどーという感じでかなり落ち着いて観てしまったけど。
◆例によって的を射てるかは分からんけど自分が思ったこの作品の核は……。
異文化の土地に行ったら風習が超残酷だった! けどそれはそこでは昔ながらのやり方なので問題ないっぽい。しかし、そこを訪れた外の人間たる主人公たちにとっては依然異常で、両者の間の落差がグロテスクに見えちゃう……というタイプのホラーなのかなと思いました。
たぶんこの映画のキモは、物語の背景に文化人類学的な価値基準を置いて、ホルガ村の風習を彼らにとっては当たり前の伝統的なものとして位置づけてるっぽいところです。
もはや古式ゆかしい西欧中心主義的な考え方では、ヨーロッパ的な近代化こそが人類共通の進歩の過程であって、いわゆる先住民とか第三世界の国々の文化はそれと比べて”遅れて”いるから別に尊重すべきでもないものとされたわけですね(んで蹂躙されたわけです)。そうした考えが見直されて、文化や生活習慣に良いも悪いも高等も下等もないというふうになったのはWWⅡ以後、もっと経ってからなのかなーという印象が自分にはありますがともかく。
そうした文化相対主義的な考え方でいくと、たとえ異常に見える相手でもそれは「異文化」、つまり自分たちとは単に別の価値観を持った共同体であるというだけのことなので、我々は正常/相手は異常みたいな単純で一方的な図式で捉えることができなくなる……ってところがこの映画のツケ目なのかなと。「因習の村だからヤバい」という図式にもう一枚上乗せして、外側の人=主人公たち=観てる私たちには結局受け入れがたい異様な村ではあるんだけど、でも彼らは彼らの論理で昔から生活を営んできてもいるのでキモ~いと突っ放すことができない。その結果、主人公たちは自分自身が拠って立つための安定した足場が得られないので終始不安にさいなまれるという。ホラー的に言えば、どれがおかしいという絶対的な基準のない相対的な世界観の中では、自分の正常性を盾に、異物を攻撃して排除するという「ふつう」のホラー的な対処法が取れないということにもなるのかなと。
――もっとも上の感じでアリ・アスターが作ったのかどうかはもちろん分かりません😇 こういうふうに捉えると面白いし、もしかしたら超画期的なホラー映画なのかも! と思ったのですが、逆に言うと単にカルトな因習村ホラーとして作ったのなら正直そこまで良くはないかも……。下に書きますが演出もヘンなので……。
◆冒頭のアメリカ・パートはわりとふつうのホラー・スリラー的なトーンよね。黒とグレーと陰鬱な雪に覆われてて、音の付け方もふつうのホラー調。ここで描かれてるのは現代社会の生活にうまく適応できずに精神を病んじゃってる主人公の苦痛なのかな。トイレのドアを開けたらもう飛行機の中っていう繋ぎ方が華麗! それとこれは現地に行ってからもだけど、序盤は主人公のダニーをみんなが厄介に思ってる空気感を語らずとも醸し出していて上手いしイヤな感じ。
◆ホルガ村に着いてからの演出がいろいろ面白かったです。
・広い画角の引きのカメラで長まわし気味に撮ってくシーンが多い。角度を変えたり顔をアップにしたりはここぞというときだけで、カットをほとんど割らない。序盤は初めての場所に来た主人公たちストレンジャーの目線を一緒に体験するみたいな感触。さらに、大部分のシーンは白夜=真っ昼間の屋外で撮られていて、夜間の殺人とかもあるけど一番肝心な惨劇?は総じて明るい陽のもとに行われる感じがあるかなと。こういう淡々としたトーンがほぼ終盤まで続く感じ。
・このへんが一般的なホラーと大きく異なる点? 闇夜を舞台に、画角=視界を狭めて、異様な何かを突然飛び出させて観客を驚かせるのとほぼ真逆の演出を行っていて、白昼堂々あっけらかんと惨劇が起こるのがむしろ効果的……。んでこれが、上に書いたような構図取りにマッチしてて、ホルガの人たちも別にふつうの人間だし、血が流れようともそれは闇夜に包み隠すような異常な事態ではない、という論理の元に行われるから観てるこちらには余計にダメージがデカいという……。冒頭のアメリカ・パートの親しみやすい!ホラー調と好対照な感じでした。
・そうした効果が最高潮に達するのが中盤の姥捨て投身自殺のシーンで、ここは控えめに言っても超最高🤩!!! エキサイティン🎉🎉🎉!!!!! 崖が出てきたところでこれから起こることはだいたい予想できちゃいましたが、それを遙かに上回るスプラッターのグロさがすばらしいです……! 主人公たちがショックを受けるのは当然で、連れてきた奴が何の説明もしないのがワリいだろ……と思ったけど、彼らは現代社会の価値観よりも自分たちの共同体の論理を優先する(っていう意識もないのかもしれんけど)確信犯だったので、じゃあもう何もかもどうしようもないね~と思いました。主催者は「死と再生」みたいに言ってたけど、長生きする者には最後にものすごい苦痛が待ってる村ではある……。
◆もっともその後に続く、アベックが消えたり論文書きたい学生が書庫に忍び込んで撲殺されたりといった、ひとりずつ消されてく普通のホラー的な展開の部分は微妙だったかなー。上の文化相対主義ホラーみたいな感じで観ると、主人公サイドのポカが少なければ少ないほど、誰が悪いわけでもないのに両者の間の落差によって若者たちが悲劇に見舞われてしまうという理不尽さとあっけらかんさがより効果的に響いてくる気がしたので……。自分は正直、若者たちの余計な振る舞いは全部夾雑物とすら思ってしまったけど、これはちょっと勝手な見方をしすぎかもしれません。
◆あとはいくらホルガ村の人たちが「これはここでは普通のことよ」と言ったとて、最終的には来訪者である若者をほぼ全員殺すつもりだったってことよね? 別にさしたる罪も犯してなさそうな人もみんな死体になってたし。うーん、このへんが難しい。自分的には上で書いたように、ホルガ村の人たちには彼らなりの「当たり前」があって、それが現代社会の住人たる主人公たちには異常にしか見えないっていう構図で観るのが一番おもしろいと思ったんだけど、でも逆に言うとホルガの人たちは外の世界、つまり別の共同体の論理をあまりにも無視しすぎよねっていうのはふつうに思う。外部の人間に対しては、自分らの論理を押しつけて共同体の利益になること以外何にも考えてないもんね。もっとも彼らに言わせりゃ、それこそ自由意志だの個人の尊厳だのは近代社会が勝手に作った自分らにゃ関係ない概念……ってことなんだろうけど、でもそれだったら結局「カルト」、つまり狂ったルールに支配された集団だなぁと言われちゃっても仕方ないよねとも思う。しかし仮にこれがホルガ=カルトと完全に開き直ってしまう物語だとすると、この映画の一番特徴的な部分が弱まって、(言い方はひどいけど)他の平凡なホラーと大差なくなってしまうような気も……。
ということで自分の見方のせいもあるんですが、個人的には中盤までのほうが納得感のある映画ではあったかなー。作り手自身は、どういう形で全体の一貫性を掴んでいるのかけっこう気になるところでもあります。
◆ともあれ、主人公デニーの内面と、彼氏との関係性の変化を掘り下げる終盤はかなりおもしろかったです。ざっくり言ってデニーってかなり内面が不安定な女性で、家族の心中とかもあって精神の危機に直面している。もともと彼氏という存在には依存気味の人なんだけど、彼のほうはそれを重荷に感じていて本心では別れたいと思っている。ここは自分の解釈ですけど、現代社会に生きる人間が自ずと直面せざるをえない”自立”とか”孤独”みたいな問題に、デニーは耐え得ない人として描かれているのかなと。んでそんな彼女が、ホルガという構成員全員を家族として包み込むような伝統的な共同体の中に浸ることで、精神が安定し充足を得てしまう、という展開がおもしろいです。
終盤の特に異常なふたつのシーンのインパクトが抜群! 泣いてるデニーのまわりに村の女たちが集まって一緒に大声で泣くシーンと、外の血をもたらす「種馬」として見初められた彼氏が村の娘と交わるさまを、これも村の女たちがまわりからワンワンはやし立てるシーン。ひとりの悲しみはみんなで共有して収めるし、村の娘の初めての性交もみんなで見守り応援するっていう感じで、感情もセックスも個人のものじゃないという同じ論理に貫かれてる気がしました。特に性交のほうは、これそのままじゃないけどどっかの部族の風習に似たものがあるっていうのを聞いた気もするし(てきとうだったらごめんなさい!)。ホルガの人間じゃない我々観客にはやっぱり異常=ホラーなシーンとしてしか観れないところがまぁ~良い。
◆しかし、この彼氏ってそんなに悪い奴ではないよね? と自分は思ったなぁ。このままデニーと付き合って結婚するかどうかみたいなことは一生の問題だし、彼女との共同生活に自分が耐えられるかどうかも、自分で真面目に考えなければならんことだしね。そこでおのれの気持ちを第一に考えてしまう彼はごく標準レベルのエゴイスト、つまり超普通の人間だと思う。正直男も女もみんなこんなもんでしょう♪
何にせよ、ホルガという一体感の強い共同体に迎えられたことで、彼氏・彼女や夫・妻のような、一対一で結ばれる現代的な人間関係への依存を必要としなくなったデニー側から、彼氏に対して「要らん」宣言が出されるのがこりゃまたおもしろいです。ラストで生贄に彼氏を選ぶのは、自分を包み込んでくれなかった復讐のためとも取れるけど、むしろデニーはもうこの村の死と再生のサイクルっていう論理を内側から受け入れているので、彼もそのサイクルに入れてあげたかった……っていう本気の優しさとも取れるような。熊の着ぐるみを着て小屋の真ん中に置かれるのは、死と再生の一番の象徴みたいでけっこう名誉っぽかったし。自分は後者の見方のほうが好みかなぁ🐻
◆その他。陰毛の絵巻物とか、途中で出てくる熊ちゃんとか、伏線の張り方はかなり周到だなーと思った記憶があります。あとは主人公の意識が混濁して画面が真っ白になるみたいな演出も多くてそれも印象的だったような。ヤクをやってハイになってるところだけは、アメリカとホルガで大して変わらんなーというところでしたね。
◆しかしこれ、評価が割れてるのもよく分かるわーって感じはしました。ホラーを観るぞーって気持ちで観た人ほど「何これヘンな映画……」ってなりそうな気はしますし😞 自分のアリ・アスターの摂取順は『ヘレディタリー』→『ボー』→『ミッドサマー』だったんだけど、2作目のこれの時点でザ・エンタメ・ホラーみたいなのとは全然違うトーンでやってたのね。『ヘレ』から『ボー』はけっこう飛躍があると思ったけど、間にこれを挟むとほとんど違和感ないなと思いました。次はどんなのを作るんでしょう? 『ボー』を観る限りではジャンル・ホラーにこだわる人では全然ないなーという感じでしたが。楽しみです。