りっく

風の電話のりっくのレビュー・感想・評価

風の電話(2020年製作の映画)
4.5
東北出身者として、意識的に、あるいは無意識に蓋をし、心の奥底にしまい込んでいた震災の記憶。本作はそんな自ら柵で囲った立ち入り禁止区域から、まずは心から叫んでみせる。

死んだ目をしたモトーラ世理奈が感情を爆発させ、地べたに横たわる様。それはまるで、自然の猛威にさらされて更地になった誰かにとっての故郷の呼吸や息吹を感じ取ろうとしているように見える。

本作は「故郷」についての映画だ。しかも「こきょう」ではなく、「くに」と呼びたくなるようなそれだ。劇中で彼女は様々な人と出会い助けられながら故郷へ向かう。古里映画やご当地映画は数多くあれど、ここまで故郷を感化させ、拠り所となるような作品はなかなかない。

そんな中で特に印象的なのは、国家という故郷を持てないクルド人難民家族であり、震災や原発事故によって人が移住していく中で、生まれ育った故郷で死にたいと思うのが人間の摂理だと言い放つ、役者ではなく福島県民としての西田敏行である。諏訪監督はそんな人々を、あたかもそこにいるかの如くドキュメンタリータッチや即興で描いてみせる。

故郷の美しさや虚しさ、あるいは室内や車内といった限定された空間を切り取るカメラワークや構図も見事。特に西島秀俊演じる元原発労働者の実家に足を踏み入れた後、モトーラ世理奈が津波で流された家族の幻影と庭で遊び、それを西島秀俊が室内から見つめる場面の隙のない惚れ惚れするようなシークエンスに感涙してしまう。

またモトーラ世理奈が感情を爆発させる場面が劇中に三度訪れる。だが、感情と伴走するように揺れていたカメラが、電話ボックスのラストシーンではフィックスになり彼女を長回しで捉えることで心境の変化を示してみせる。目に見えず決して操れない風を作劇に効果的に利用しているのも特筆すべき点だ。
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