風間唯

燃ゆる女の肖像の風間唯のネタバレレビュー・内容・結末

燃ゆる女の肖像(2019年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

画家がモデルを観察している時、モデルもまた自分の絵を描く画家を観察している。この見、見られるという関係は当然のごとく相手の内面にも及び(絵描きはそれも含めて表現しようとするだろう)、それが愛情へと燃え上がっていくのはある意味自然なことかもしれない。さらにソフィの堕胎という秘密を共有することでその感情は連帯性をも帯び、孤島というステージがもたらす親密性はそれをさらに強化する。社会の軛から逃れられない女性の立場を、島の女性たちは”Non possunt fugere”(ラテン語で「彼らは逃げることができない」の意)と歌う。三人称複数形を用いたということは私たち以外=この島以外ということなのだろう。孤島は当時の女性が置かれた立場からのつかの間の解放区なのだ。

肖像画を描き上げ島を離れなければならないマリアンヌ、それは再び女性に対する社会の枷をはめられることを意味する。その彼女にエロイーズは”Retourne-toi !”(振り向いて!)と呼びかける。エロイーズは自らをエウリディケ、マリアンヌをオルフェウスになぞらえ伝えようとする。対等な関係であることを強調するためtutoyer(親密な相手に使う、それまではvouvoyer)を使って。敢えて振り向かせることで永遠の別れを告げ、マリアンヌに女性が持つ宿命への抵抗を託そうと。ラスト、コンサートホールのシーン、エロイーズは決して振り返らなかった。それは心だけは永遠にマリアンヌと添い遂げようとの決意だったのだ。

絵画をモチーフとしているだけあって画はため息が出るくらいに美しく濃密。劇伴は皆無だが、その代わりに島の民謡「Non possunt fugere」とヴィヴァルディ「四季」の「夏」が印象的に使われ、また水音や炎の爆ぜる音などの環境音が登場人物の心象を効果的に表す。演出脚本役者の演技、どこを取っても非の打ち所がない。今年配給された映画の中で最も琴線に触れた。
風間唯

風間唯