AK39

ブリット=マリーの幸せなひとりだちのAK39のレビュー・感想・評価

3.6
人は生まれてから止まる事なく孤独に道を走り続ける。たとえ変わり映えのない景色の中を走り続けている時期でも、突然大きくコースを外す事になったとしても、各々のゴールに向かって走り続ける。途中、走り続ける意味を見い出せずに、走る事が辛くなる時もある。
それでも一歩一歩確実に前に進んだ結果、振り返るとそこに人生という長い道のりが築き上がっている。

毎日同じ時間に起床して、同じ時間に食事を作り、同じ窓を磨き、同じ場所に食器を収納する。
仕事から帰宅するとシャツを脱ぎ捨て、夕食を満足にとるのもままならずサッカー観戦を楽しみにする夫のケントを尻目に、40余年も主婦である自身の役割を淡々とこなすマリー。
マリーは外で働く夫を専業主婦として支えてきたが、いつしか同じ景色、同じ日常、そして同じ表情で一日一日を過ごすようになっていた。

そんなマリーの平坦な日常は、ある日夫の浮気相手と偶然鉢合わせてしまう事で大きくそれてしまう事になる。

夫の為に家庭を守る自身の役割を務めてきたと思っていたマリーは、突然訪れた裏切りに対してスーツケース一つで家を飛び出す事に決める。

行く当てのないマリーは就職支援センターで仕事を探し始めるが、40年余りも専業主婦として夫に養われていたマリーは当然ながら社会経験も少なく、前回働いたのは20代の時にウェイトレスとして働いたのが最後。
63歳で社会経験が乏しいマリーが働き口を探すのは非常に厳しい。そんなマリーに、小さなボリという村でのユースセンターの管理人兼、サッカーコーチという職があることを職員に紹介される。
サッカーの経験はあるか?と尋ねられるが、夫がサッカーを熱心に観戦するのを見続けていた自分を思い出し、とっさに「人生の半分以上はサッカーと共に生きてきた」と答えてしまい、仕事をする事が決まってしまう。

バスに数時間揺られながら着いたボリのユースセンターは人気も無く、建物壁面の落書きや、物が錯乱した室内など無法地帯と化していた。
更には自分がサッカーのコーチとして面倒をる、ライバルチームに万年無得点の弱小サッカーチームの子供達や街の何でも屋のメフメト、サミらに新任コーチとして不安がられながらも気丈に振る舞い一日ずつ、一歩ずつ自身の役割をこなしていこうとするマリーとチームの行方はいかに。

やがて夫のケントもマリーのもとを訪れて謝罪をし、戻ってきて欲しいとせがむ。マリーは夫のもとに帰るのか、それとも村に残って子供達や村の皆と過ごしていくのか...

40年もの間、夫に対して特に不満を言うこともなく主婦として毎日を無表情でこなしてきたマリーはいつからその様な人物になったのか?

遡ると、幼少期は感情豊かであり姉と大の仲良しだったマリーだったが、過去に起こった出来事で心に深い傷を負い、いつしか義理を通しつつも人情を押し殺す人生を歩んできた。出来るだけ無難に、波風を立てぬ様に生きてきた人生は、同時に彼女の感情や表情も奪いつつあったが、ユースセンターでの子供達や村の仲間との触れ合いやサッカーコーチの仕事を通して、自分も必要とされていると感じた時、マリーは心の奥底にしまっていた本当の感情を取り戻す。

マリーが見つめる先に広がる、エッフェル塔が聳えるパリの街並み。Britt Marie Is here.
これまでに長い道のりを一日一日確実に歩んできた、彼女の新たなスタートは始まったばかりだ。
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